[詳細探訪]
 
                    参考:小学館発行「万有百科大事典」ほか
 
〈古来の植物染色「草木染」〉
 古来わが国で使用された染料植物は、300種を数える。このうち多用されたものは100
種に達し、その利用部は花・葉・茎(幹)・根・実の各部に亘り、中には一つの植物で幾つ
もの部分が利用されるものもある。また、その含有色素によって、
(1) そのまま染色可能のもの
(2) 媒染剤バイセンザイを必要とするもの
(3) 建て染めによるもの
の三つに分けられ、数において(2)が断然多く、然もこの種は媒染剤の種類によって色相
に変化を来す。(1)がこれに次ぎ、(3)は僅かに藍アイの一種に過ぎない。これらの植物染
めのことを、通常「草木染」と云っている。
 以下わが国で用いられ来た主要な植物染料のうち、蘇芳スオウ・茜アカネ・紅花ベニバナ・紫・藍
について、順に説明する。
 
△蘇芳
 蘇芳は、正倉院の御物として現存する古代染料の一つで、染料として媒染染料に属し、
南洋から幹材のまま輸入されていたが、近年は削片チップで輸入される。
 煎汁センジュウそのままでは褐黄カツオウ色に染まるが、灰汁アクで紫紅色、明礬ミョウバンで赤色、
鉄で紫色となり、『衣服令』『延喜式』『装束ショウゾク色彙シキイ』などの色目は、何れも灰
汁媒染に拠っている。
 江戸時代を通じ藍と併用して偽紫ニセムラサキや、茜や紅花に代わる赤系統の染色に多く利
用され、蘇芳泡スオウアワ(また茜泡とも云い、中国の紅膏ホンカン)として小紋染防染糊の目安
色メヤスイロ、花裏地絹の張糊の着色料として賞用された。この赤色は蝋燭ロウソクのスペクトル
で変色しないので、提灯屋の印描きにも賞用された。現在の染色法は赤染には明礬、酢
酸アルミナを、薄赤乃至桃色には煎汁を薄めて塩化第一スズを、紫色には塩化鉄を使用
する場合が多い。
 なお、蘇芳の字に、「紫荊ハナスオウ」の字を宛てたものを見かけるが、これは全然別種の
もので、染料にはならない植物である。
 
△茜
 茜はアカネの根を利用するもので、『延喜式』には深緋コキヒと浅緋アサヒとの染色処方が
記録されており、深緋綾一疋を染めるのに、「茜大四斤キン、紫草四斤、米五升、灰三石、
薪八百四斤」とある。中世以降この技法は滅んで、専ら蘇芳と刈安カリヤスとの混用で茜色
を出していたが、江戸時代『農業全書』によって九州地方の技法が紹介され復活を見た。
現在我々が行っている染め方は、灰汁或いは明礬の下漬けをして、茜の煎汁で染め、酢
酸アルミナで発色している。
 
△紅花
 紅花は、キク科ベニバナの花弁に含まれる黄と紅との2色素のうち、黄を除いて紅を
利用するもので、まず清水に浸漬シンシして黄色素を除いた後、麻袋に入れ、早稲藁ワセワラの
灰汁を加えて一夜置き、液が褐色となるまでよく絞り、この液に梅酢(烏梅ウバイ又は剥
梅ムキウメ)を加えると液が泡立って鮮紅色となる。このとき泡の消えるのを待って手早く
可染物を入れ、繰り返して染める。濃色の場合は汐数シオスウを重ねて望みの色目とする。
 
△紫
 紫は、『延喜式』には深紫コキムラサキ・浅紫アサムラサキ・深滅紫コキケシムラサキ・中浅紫ナカアサムラサキ・浅滅
紫アサケシムラサキの5種の染色処方が記録されている。古来紫染の灰汁はニシコリを最適とし、
ツバキ・シキミがこれに次ぐ。
 まず紫根を温湯で揉み出して紫液を、更に揉み出してカラ液を作る。次に可染物をカ
ラ液、紫液、灰汁、カラ液、紫液の順序に浸して水洗いし、また新紫液、灰汁、新カラ
液、灰汁に通して水洗いし、更に第一紫液の残汁、第二紫液の残汁、灰汁、水洗いの操
作を繰り返して望みの色目に到達させる。
 
△藍
 藍の色素青藍インジゴは、水に溶解しないので、植物染料の中で唯一の建て染め法に拠
らなければならない。
 まず染(草冠+染)スクモ或いは藍玉を取り、水、灰汁、石灰、ふすまなどと共に藍甕に
入れ、夏期以外は体温程度に加温発酵して溶液とする。この操作のことを、「藍を建て
る」又は「藍を出す」と云う。
 染め方はこの液中に可染物を入れ、引き上げて空中で酸化し、覗色ノゾキイロ・浅葱アサギ・
縹ハナダ・紺などと、その汐数によって染め分ける。
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