24a  《現代水墨画》
 
   (4)日本の水墨画 ― 安土・桃山時代
    僅か30年の短い時代ですが,戦国時代が終息し,織田信長・豊臣
   秀吉らの武人が天下を統一し,それを反映して,美の世界でも豪放
   さと絢爛ケンランさが特徴です。
    絵画では,城郭の室内を装飾する障屏画ショウヘイガの流行が注目され
   ます。障屏画は,床壁貼付絵,襖フスマ絵,屏風絵,板戸絵など総称し
   たものです。これらには直接,水墨画が描かれた訳ではありません
   が,金壁画キンペキガと呼ばれる新しい様式(特に絵具を厚く盛り上げ
   る彩色法は特徴的です)の中にも,力強い描線を使う明らかに水墨
   画の伝統と考えられる手法が生かされています。
    しかし一般に,この時代には絵画は禅宗的な拘束から離れ,華や
   かな装飾画の隆昌をみるに至りました。水墨画の世界でも,室町時
   代(特に雪舟)にみられた厳しさや簡潔さは薄れてきます。山水画
   から花鳥画に多く移ってきます。この時代の画家として,狩野派(
   永徳,山楽ら)は室町幕府後,信長・秀吉らの保護を受け,主流派
   として活躍しました。作品には,安土城,大阪城,桃山城などの障
   壁画があります。また狩野派は水墨画の彩色に一つの完成を示しま
   した。そのほか等伯の「松林図」は有名です。彼らは一様に時代の
   流れの中で,その風潮に応じながらも水墨画の伝統を受け継ぎ,そ
   こからこの時代を特色づける豪放な筆使い,抒情性,装飾性を見事
   に表現しました。
    桃山時代末に,武人として名高い宮本武蔵(二天)がおり,作品
   として「枯古鳴鵠ココメイコク」が知られていますが,彼の存在は専門画
   家としてではなく,余技の水墨画描きとして面白い存在です。この
   ことは,次の江戸時代に排出する文人画家の存在も一脈通じるもの
   があります。
    狩野派などの時代の中心的な画家たちとともに,この時代には町
   絵師の系列に属する作家群があったことも特筆すべきことです。主
   に,風俗画や装飾屏風などの分野で活躍しましたが,多くは作者不
   詳の作品を残しています。境や博多の富裕な商人たちが多くの画家
   たちに援助を与え,活気ある自由奔放さも桃山時代の一つの特徴で
   す。
   
   (5)日本の水墨画 ― 江戸時代
    江戸時代前期には,俵屋タワラヤ宗達ソウタツや尾形オガタ光琳コウリンなどの
   華々しい活躍がありましたが,徐々に衰え,また御用絵師であった
   狩野派(幕府)や土佐派(宮廷)も形式主義に堕ちて,活力を失っ
   てきました。江戸後期に新しい画風を取り入れた,南画と円山四条
   派の二つの流派が勢いを増してきました。
    △南画
    18世紀の前半,清シン国から伝わった南画(南宋画)は,当時の知
   識人であった儒者,僧侶,医者など,いわゆる文人に受け入れられ
   ましたので,文人画とも呼ばれています。
    南画は池イケ大雅タイガと与謝ヨサノ蕪村ブソンによって大成されました。
    △円山・四条派
     円山マルヤマ応挙オウキョは始め狩野派を学び,のち西洋画の遠近法や
    陰影法をも取り入れて新しい境地を開きました。
     松村呉春は円山派から後に四条派を起こし,洒脱な画境に達し
    ました。
   
   2 水墨画の美
   
    人々は誰しも,美しいものや現象に出会ったとき,そのことに感
   動する心を持っています。その感動する心が,やがて自らも何かを
   表現したいという意欲がわいてきます。また他人の表現したものに,
   素直に共感したり,理解したりする鑑賞的態度にも繋がっていきま
   す。
    ところが,何かを美しいと感じるのに,誰にも通用する決まりは
   ありません。人により,また民族や時代によっても,美の基準は異
   なるものです。しかし,私共日本人にとって,長い歴史の中に,い
   ろいろと変遷しながらも,その底に一貫して流れてきた共通の美の
   基準のようなものがあるのではないでしょうか。
   
   (1)四季の美しさ
    春は花夏ほととぎす秋は月 冬雪さえて冷しスズシかりけり
    この有名な歌は道元禅師(鎌倉時代)の作によるものですが,こ
   れほど,日本の四季の特徴を簡潔に言い表した歌はみあたりません。
    日本の四季は,モンスーンという季節風の影響から,春夏秋冬に
   それぞれ際だった特徴を現出してみせます。春は一斉に咲き揃う花
   々,夏の強烈な日射しや白雲,秋は澄み渡った大空と紅葉,冬は白
   銀と木枯らしというように,四季折々の風情や風物は多種で,趣き
   のある画材の豊富さとなり,風景画や花鳥画に独特の美しさをもた
   らしてきました。また,このことは私共日本人の色彩感覚を豊かに
   してきました。
   (2)無彩色の美
    ところで,水墨画は無彩色の世界です。あるいはほんの少ししか
   色彩を使わない,彩色は附属物であるといえます。四季の織りなす
   豊かな色どりと自然に取り囲まれながら無彩色の水墨画の美につい
   て述べるのは,矛盾しているのでしょうか。
    水墨画が今なお,私共日本人の心の奧深く感動を呼び続けている
   のは何故ででしょうか。
    私共の視野の入る自然は,例外なく色のある自然です。しかし水
   墨画で描く自然は,色彩という自然が纏っている衣装を剥ぎ取って,
   山でも,また樹や水であっても,その奧にある本体を探求しようと
   するのが究極なのです。目前の自然を描写しながらも,心はその奧
   の世界を見,そこに自然の原理や典型を把握しようとする努力とも
   いえます。この態度は,禅宗の求道と一致するものでしょう。
    水墨画は単色であっても,完成された絵であることは容易に理解
   できると思われます。
   (3)墨色の魅力 ― 滲みニジミ
    水墨画を最も特徴づけているのは,いうまでもなく筆一本で表現
   する墨の色に尽きます。その表わす明暗濃淡が深く人の心に働きか
   け,幽玄の世界に誘うといっても過言ではありません。
    「滲み」は,東洋絵画の主材料である水絵の具と,染み込みやす
   い紙(又は絹布)の特性から生まれてくるものです。西洋絵画で使
   う油絵の具は強い粘着性がありますから,どうしても色を重ねてい
   く方法になり,滲みの効果ということは考えられません。それに比
   べて水絵の具は,沢山の水を使いますので滲みが可能なのです。
    滲みは元々,粗壁に生じた染みシミ(むらむら)を見た古人が,そ
   の偶然がもたらした装飾性や象徴性に感じ入り,芸術心を刺激され
   たといわれています。そこに,人の作為の及ばない人工を超えた幽
   玄・神秘を感じる発想がみられます。
    滲みと技術的に近い関係のある「暈しボカシ」の濃色が淡色へと変
   化させていく技法も,古く奈良や平安の仏画や大和絵にみられます。
    「溌墨ハツボク(破墨)」は,描くというよりも,勢いよく墨を画面
   に濯ぐソソグという豪快で奔放な技法です。かなり高度の技術が要り
   ます。雪舟の「山水図」が「破墨山水」ともいわれ有名です。
    「たらし込み」は,滲みが普通,水で濡らした画面に濃い墨を加
   え,その墨が次第に淡くなって広がっていくのを言うのに,その逆
   にまず濃い墨で描いて,それが乾かないうちに水分をたらします。
   そうしますと,水分は濃い墨の周囲を押し広げて,中央は淡く周囲
   が次第に濃くなっていくという複雑な効果が得られます。
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