24  《現代水墨画》
   
   〈水墨画の心〉
   
   1 水墨画の歴史
   
   (1)水墨画の起こり ― 中国
    水墨画の画材の中心になる紙,筆,硯スズリ,墨は,いずれも中国
   人の発明によるもので,その起源は大変古く,紙は後漢(約1900年
   前)の時代に発明されていました。黒色の塗料を使ってものを書く
   ということは3000年も前に遡ります。筆,硯も漢の時代には使用さ
   れていました。
    このころの絵画の主な画法は,墨で輪郭を描き,それに彩色をし
   て完成させるものですが,墨筆の線だけで表現するという画法が独
   立しました。この画法が〈白描画ハクビョウガ〉と呼ばれるものです。
   白描画は,後の水墨画へと発展する基礎になるものです。それと並
   行して書道の隆昌もみられ,〈書画一致〉という言葉が生まれまし
   た。
    漢の時代に生まれた白描画は,次の六朝時代にも順調に発展し,
   唐の時代になり,豊かな文化が花開きました。国内だけでなく,西
   方(中近東からヨーロッパ)との文化交流も盛んでした。
    唐の時代(8世紀)には,墨の使い方も一段と進み,新しい技法
   が続々と生まれ,「水墨画」も誕生しました。なかでも呉道玄は画
   聖の名で呼ばれ,その「山水画」は,それまでの絵画を一変させた
   と絶賛され,彼こそが,今日の水墨画の基礎を確立したといわれて
   います。そして,日本にも絶大な影響を与えました。
    白描画と水墨画の違いは,白描画はどちらかといいますと墨線の
   妙味に重点が置かれ,水墨画は線だけでなく,墨の微妙な濃淡で遠
   近感や立体感,更に生命感や運動感を表現するということです。ま
   た水墨画を西洋画と比べてみますと,西洋絵画が豊富な色彩で訴え
   るのに対して,水墨画は筆一本という簡単な手段で,その運び方の
   遅速,強弱,曲直などの変化を組み合わせることによって,複雑な
   調子を出し,かえって高度な表現を得られることにあるでしょう。
   「墨に五彩あり」という言葉がありますが,水墨画の神髄を突く,
   味わいの深い言葉です。
    水墨画は,描かれる対象によって,道釈人物画(道家や仏門の人
   物画),山水画,後の宋の時代に盛んになった花鳥画などの区別が
   ありますが,道釈人物画は,仏教の衰退とともに影をひそめ,山水
   画・花鳥画が二大潮流となって,宋・元,更に明の時代へと続いて
   いきます。
    画家は,漢代には工人の作業でしたが,漢末には身分の高い文人
   が出現し,「文人画」として優れた作品を残しました。六朝期には
   宮廷に仕える専門画家が台頭するようになりました。
   
   (2)日本の水墨画 ― 室町以前
    日本では,6世紀の飛鳥時代に仏教が伝来した前後から,大陸の
   高度な文化が普及し始めました。絵画の分野では後の奈良時代を含
   めて,建築や彫刻ほど目立ったものがありません。しかし,平安時
   代になりますと,大和絵ヤマトエ(中国の事物を描いたものを唐絵カラエと
   いう)の名作が出現します。このなかでも「鳥獣戯画チョウジュウギガ巻
   」は有名な作品です。筆線の巧みな味わいで知られています。また
   平安時代の密教美術のなかに線描による像が描かれています。これ
   らは白描画の範疇に入ります。
    次の鎌倉時代から室町時代にかけて,中国の宋・元の画風(漢画
   )が伝えられてきました。これが日本にきた最初の水墨画で,大部
   分は山水画です。この山水画には漢詩(賛サン)がつけられていまし
   た。はじめは漢画にならって絵を描いていたものと考えられますが,
   そのうちに日本にも,独特の優れた水墨画が生まれるようになりま
   した。このように,日本に初めて水墨画発展の土壌を作り出してく
   れたのは,禅宗(禅宗は平安時代の後半に日本へ入ってきました)
   の僧侶たちです。特に京都,鎌倉の禅宗五山ゴザンの果たした役割は
   大きいものがあります。
    日本の水墨画は,禅宗の発達とともに定着していくことになりま
   す。そした室町時代の雪舟の出現で,水墨画は,一つの頂点に達す
   ることになります。
   
   (3)日本の水墨画 ― 室町時代
    雪舟は,幼いときから画才を認められていました。お仕置きをさ
   れて,柱に縛られたときに,落ちた自分の涙で足を使って鼠を描き,
   それが本物の鼠が集タカっているように見えた,という挿話は有名で
   す。当時の水墨画家たちが,中国に行かずに中国の風景を描くこと
   に疑問を感じ,雪舟は自ら中国に渡り,明で宋・元の絵画を学び,
   彼の才能は本場の中国の人々をも驚かし,高い評価を得ました。
    雪舟の作品には「秋冬山水図」「山水長巻」などがありますが,
   そのがっしりした構成,淡彩の中の優れた色彩感は明澄メイチョウで,簡
   潔を尊ぶ禅の精神と一致するものとして水墨画の最高峰とされ,後
   世の画家に今なお強い影響を与えています。漢画を超越して日本画
   様式の画風を創始した人です。
    室町後期には,重要な画家として阿弥アミ派の画家や,幕府御用絵
   師の狩野正信・元信の父子があります。特に元信は,水墨画に大和
   絵の様式を結びつけ,写実性の中に大和絵の色合いを加える,いわ
   ゆる狩野派様式を生み出す源となります。この狩野派の様式は,以
   後,江戸時代から明治時代まで,近世日本絵画の大きな流れとなっ
   て続いていくことになります。室町時代は,水墨画が質量ともに最
   盛期であったといえます。
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