29 茶碗レクチャー1
 
              茶碗レクチャー1
 
            参考:至文堂発行「日本の美術 茶碗(林屋晴三編)昭42」
 
《茶碗一覧(図版)》
 
 
表紙 仁清ニンセイ 「金菱文キンビシモン筒茶碗」(熱海美術館)
 
 
1 長次郎チョウジロウ 赤楽アカラク茶碗チャワン 「無一物ムイチモツ」(桃山)
 利休リキュウ好みの長次郎の茶碗は,佗茶ワビチャのために作られた日本の茶碗を象徴するす
るものといえます。其処には,佗の茶は斯く在らねばならぬという利休の心がそのまま
表れ,内包的な姿のうちに茫洋ボウヨウとした大きさが感じられます。このような利休形の
茶碗が完成したのは天正13,4年(1585,6)頃ではなかったかと思われます。
 
2 瀬戸セト 菊花キクカ天目テンモク茶碗(室町)
 茶の湯が次第に流行してきた南北朝頃から,唐物カラモノを倣ナラった天目茶碗が瀬戸で焼
かれるようになり,時代の需要に応じていました。この菊花天目は室町中期頃の作で,
伝世デンセイの瀬戸天目の中では出色シュッショクのものです。黒と褐色の釉クスリを二重掛けして,
菊花文様を表しています。
 
3 瀬戸 白天目ハクテンモク茶碗(室町)(重文 徳川美術館)
 白い釉クスリの掛かった瀬戸天目ということから「瀬戸白天目」と呼ばれています。武野
タケノ紹鴎ジョウオウが所持していたという伝えがあり,従って紹鴎が没した天文22年(1553)
以前に作られたものです。桃山時代の名物メイブツとして声価の高いものでした。
 
4 長次郎 赤楽茶碗 「道成寺ドウジョウジ」(桃山)
 端ハタ反りの姿は,或いは高麗コウライ茶碗を倣ったものでしょうか。長次郎としては利休
形リキュウガタ以前の作と考えられ,恐らく天正8,9年(1580,1)頃から,このような赤楽
茶碗が焼かれていたと考えられます。
 
5 長次郎 黒楽クロラク茶碗 「大黒オオグロ」(桃山)(重文)
 利休が所持していた長次郎の代表作です。「無一物」と同じく天正13,4(1585,6)頃
に焼かれたものでした。「大くろ」の銘も,利休が名づけたもので,利休から千少庵セン
ショウアン更に宗旦ソウタンと伝わりました。黒楽釉はややかせていますが,その釉肌クスリハダは長
次郎特有のものです。
 
6 黄瀬戸キセト 茶碗(桃山)
 茶碗の箱の蓋表フタオモテに「北向キタムキ道陳ドウチン好み」と書かれていますが,その姿は利
休好みの「大黒」によく似ています。そしてこれが利休の師である道陳の好みとして伝
えられていますのは,誠に興味深いです。美濃ミノで天正頃に焼かれた黄瀬戸茶碗である
ことは間違いありません。
 
7 瀬戸黒セトグロ 筒ツツ茶碗 「冬フユの夜ヨ」(桃山)
 瀬戸黒は桃山時代に美濃で焼かれました。いわゆる瀬戸茶碗の中では,最も早い頃に
属し,天正年間に焼かれたものが多いです。作為サクイの少ない筒形の端然とした姿は瀬戸
黒の特色です。
 
8 瀬戸黒 茶碗 「有明アリアケ」(桃山)
 前掲の「冬の夜」と較べますと,少し歪みが出て,いわゆる織部オリベ好みといわれる
作為が加わっています。即ち「冬の夜」よりも形式的にはやや時代の下がったものと思
われ,織部黒オリベグロに近い作です。
 
9 黒織部クロオリベ 茶碗(桃山)
 装飾性が可成り加えられた黒織部の筒茶碗ですが,次項の「やぶれ窓」のように歪み
の強い沓形クツガタではなく,黒織部としては,それ程作為の顕アラワでないところで,「有
明」と「やぶれ窓」の中間的なものといえましょう。
 
10 黒織部 沓クツ茶碗 「やぶれ窓マド」(桃山)
 黒織部の沓形茶碗の代表作で,御所丸ゴショマル茶碗と極めて似通った姿をした典型的な
織部好みの茶碗です。このようないわゆる,沓形茶碗が盛んに焼かれるようになりまし
たのは,慶長の初め頃からでした。
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