28a 茶道陶磁その5
 
  △遠州高取タカトリ水指(高14.4p,胴径17.4p 藤田美術館):遠州好みの高取水指
 の諸条件を備え,胴には糸目,正面を凹ませ,白濁釉を上釉の上から流し掛けたもの
 です。外側の上釉は茶色の発色をみせず,寧ろ黄土色の寂びた趣を示しています。
  同窯のものに遠州切形の下面取茶碗が数碗遺存しますが,それらは白旗山窯のもの
 で,小石原窯の糸目水指とは窯を異にします。
  △遠州瀬戸セト水指(高14.4p,胴径13.5p 茶道文化研究所):瀬戸窯では,室町
 時代から一重口ヒトエグチの水指が金華山や破風窯ハフウガマで焼造されていました。この水
 指は小堀遠州所持,権十郎の箱で「金屋キンオク」の銘が付けられています。釉薬の掛け
 方,その成形からいって,遠州切形による好みものでしょう。
  △備前火襷ヒダスキ水指(銘玉柏タマガシワ 重文 高13.5p,胴径16.3p 畠山記念館)
 :黄味を帯びた柔らかい土味ツチアジと,緋襷ヒダスキの美しい景色は抜群です。口造りは
 姥口ウバグチですが,全体の姿は宗和ソウワの好んだと想われる仁清色絵水指(前掲)に酷
 似し,いかにも典雅な作風です。そこには共通して雅ミヤビの理念を志向するものがあ
 ります。
  「玉柏」の銘が付けられていますのは,胴の所々に石はぜを見るところからでしょ
 う。
  △南蛮〆切シメキリ水指(高21p,口径13p):南蛮水指には芋頭イモガシラ・切溜キリダメ・
 〆切・縄簾ナワスダレ・内渋ウチシブ・甕カメの蓋・ハンネラなど多種のものがあり,土物水指
 の第一に採り上げられてきました。
  これは芋頭の一種で,胴全体に櫛目が糸目のように整然と付けられ,肩に耳があり,
 ハンネラ蓋が添えられています。紹鴎ジョウオウ所持「糸目水指」と同時代のものと考え
 られ,侘び茶成立の過程における貴重な資料といえます。
  △信楽シガラキ鬼桶オニオケ水指(高15.0p,口径20.9p 永青文庫):著名な鬼桶水指に
 は大型のものが多いですが,これはそれらに比べて素直な口造りで,最も水指に相応
 しい寸法の鬼桶です。何の飾り気もない寂びた風情が好ましく,前に置合わせる茶入
 や茶碗を引き立てながら,治まりがよく味わい深い水指です。
  △乾山流水紋桶リュウスイモンオケ水指(高14.3p,口径16.7p,総高19.4p 逸翁美術館)
 :乾山窯は緒方深省が元禄12年(1699)頃鳴瀧泉谷ナルタキイズミダニの地に開窯しました。
 白釉を地土ジヅチの上に化粧掛けし,呉須ゴスと銹サビで流水紋を描いています。
  △伊賀共蓋水指(高11.6p,胴径18.8p 滴翠美術館):織部好み伊賀水指の作風
 を示すもので,破袋ヤブレブクロ水指の形に似ています。ビードロ釉と焦げは少ないです
 が,全体に照りが現れ,箆ヘラに因る荒っぽい横筋が自由に刻まれています。
  伊賀焼は天正13年(1585)入国しました筒井定次によって始められました。彼は織
 部の茶を学び,織部好みのいわゆる筒井伊賀(古伊賀)が焼造されました。また慶長
 12年(1607)藤堂高虎トウドウタカトラが入国し,その次代高次は遠州好みの藤堂伊賀(遠州
 伊賀)を作ったことが知られています。
  △備前種壷タネツボ水指(高17.5p,口径10.3p 茶道文化研究所):農家で種子の貯
 蔵や発芽に用いられたと伝えます雑器で,室町時代から桃山時代にかけて盛んに焼造
 されました。
  田土を用いた紐造りで,肩に飾りの耳が付けられ,前面に火間ヒマができ,見事な景
 色になっています。
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