27 茶道陶磁その4
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鉢ハチ・蓋物フタモノ:懐石道具の中で,最も客の目を楽しませてくれるものは鉢類でしょう。
小鉢は向付ムコウヅケや酒盗シュトウに用いられますが,中型以上の深鉢類は預鉢アズケバチ(強
肴シイザカナ・進肴ススメザカナ)に,比較的小振りの鉢は香物鉢に,平鉢は焼物に,額皿は八
寸にそれぞれ利用されています。懐石道具のうち向付・預鉢・焼物鉢・酒盗・香物鉢
と預徳利などとの器物の取り合わせは,濃茶・薄茶道具の取り合わせとともに,客を
招く側にとって重要な課題です。お互いに他の器物を補いまた引き立て合い,対照的
であったり,協調的であったり,それでいて料理そのものとしっくりと融合し,視覚
的にも美しくなければなりません。その辺りに懐石道具の取り合わせの苦労があり,
また妙味もあります。器物の形状や色彩に対する微妙な感覚が,料理の味覚と溶け合
うとき,其処に自ずから懐石を客に薦め,また招かれ味わった人でなければ感得し得
ない醍醐味があります。名品を並べ立てて素晴らしい懐石ができるものでもなく,ま
た贅を尽くした料理を取り揃えても立派な懐石になるものでもありません。器物と料
理の調和と「間マ」の取り方が大切です。客に薦める料理の「間」こそ,懐石を成功さ
せるための重要なポイントです。この「間」を外されたり,「間」を詰められた懐石
ほど興醒めなものはありません。茶事は二時フタトキといわれますが,その中で,濃茶・
薄茶・懐石にうまく時間を配分することが大切です。懐石に余分な時間を浪費するこ
とは極力慎まなければなりません。正客と亭主,お詰ツメと水屋との連携プレーもまた
必要です。
鉢・蓋物は懐石道具として使用され,また菓子器として使用されます。蓋物は食篭
として,鉢類(手鉢・平鉢・深鉢など)は菓子鉢としてそれぞれの機能を果たすこと
ができます。
△赤織部松皮菱マツカワビシ手鉢テバチ(高17.9p,径24.2p 北村美術館):赤織部は白
土と赤土を使い分けて,青釉を掛ける部分を白土とし,その緑の発色を効果的にした
ものです。松皮菱は伝統的な意匠形式で,菱を重ねた形で,子持菱ともいわれます。
鉢の上下の両端を結ぶ手がしっかりと高く付けられています。手鉢の手は高いのが
見識があるとされますが,その機能性からも当然で,四方形ヨホウガタの織部手鉢には切
り落とし手と称し,取り口の内側を一段下げて作ったものが賞揚されてきました。
△鼠志野ネズシノ平鉢ヒラバチ(高6.9p,径26.1p 五島美術館):内面に鼠志野で草花
の紋様を表し,絵志野で亀甲紋を描き,外面に及んで梅花紋などを散らしています。
素朴な表現の中に,自然への情感が巧みに表現され,桃山時代の辻ケ花裂キレなどにみ
るような意匠で,鉢の手前を指で押して立て掛けて大きな波状を作り,豪放な作行き
を示します。口縁は鉄釉が露出して焦げをなし,美しい発色を観せています。懐石道
具にこのような見事な焼物鉢を採り入れ,陶磁器の鑑賞の範囲を一挙に拡大したのは
古田織部の創意であり,功績でしょう。織部が指導したと考えられています国焼物は
多いです。
△碪青磁キヌタセイジ輪花鉢リンカバチ(高9.2p,径22.0p 根津美術館):南宋時代の龍
泉窯リュウセンヨウの深鉢で,口縁に六つの切り込み(古くはキザミと称していました)があ
り,輪花形をなしています。切り込みから見込みに向かって陽紋の線が現され,見込
みには六弁の花が貼付された格調高い鉢です。この手には,馬蝗絆バコウハン茶碗や酒盃
がありますが,遺品は極めて少ないです。何れも精緻な作行きがみられ,薄作りで翠
青色が美しいです。煮合わせを盛る深鉢として,青磁の鉢には天龍寺の端反りハタゾリ鉢
が愛用されます。古来端反り鉢は三つ重ねで一組として扱われていたものが多く,そ
の客数・目的に応じて大中小の何れかが用いられ,また多人数のときには補い合った
のでした。今日では菓子鉢としても使用されますが,異なる鉢を組み合わせるより,
同種のものを用いるのがよいでしょう。
△備前平鉢(銘満月 縦27.2p,横31.9p 五島美術館):桃山時代備前焼の大ら
かな感じの平鉢です。中央の円形は,他の器物を重ねて焼いたため,窯中の降灰が掛
からなかったためできた景色で,それが満月にように見えるため銘となりました。底
部に三つ足が付けられ,手前を少し指で圧したところなど鼠志野平鉢にみられます手
法と共通するものがあります。懐石焼物を盛る平鉢には備前火襷ヒダスキ平鉢,絵唐津平
鉢,黄瀬戸鑼ドラ鉢,古染付平鉢,祥瑞ションズイ針木鉢,赤絵四方ヨホウ鉢,九谷平鉢のほ
か京焼色絵皿など優品が多く,懐石道具の見せ場をなすものです。
△黄瀬戸鑼鉢ドラバチ(高4.3p,径16.5p 湯木美術館):桃山時代から江戸初期美
濃で焼造された優雅な陶器に黄瀬戸があります。取り分けあやめ鉢を本歌とするあや
め手の食器には気品があり,茶味があります。この手に鑼鉢と称する,鑼を想わせる
形の鉢類があり,縁の付いた口作りのもの,縁が輪花になったものがあります。ねっ
とりとした黄味の肌合いに丹礬タンパンと称する銅緑釉と鉄銹で焦げをみせて景色を作っ
ています。向付類やこれら平鉢類は全て碁笥底ゴケゾコです。稀に低い輪高台をみるこ
ともあります。鑼鉢は発色,寸法とも抜群,天下一の呼び名があります。見込みに輪
花形の枠を置き,福の字は型押しです。口造りは端反りハタゾリ,網代紋アジロモンがありま
す。
△祥瑞ションズイ本捻鉢ホンネジバチ(高10.0p,径19.5p 畠山美術館):祥瑞は遠州時
代,特に崇禎ソウテイ年間景徳鎮ケイトクチンで焼造され,わが国に貿易品として輸入され,茶
陶として重宝されました。深鉢の一種にこの捻鉢がありますが,本捻と称しますのは,
器形が上から下まで一段で捻ったものをいい,見込み近くで紋様の異なるものを二段
捻鉢といいます。古来本捻は数も少なく,茶人間の垂涎スイゼンの的とされ,二段捻に比
べて,格調高く軽妙な感じが強いです。二段捻は口縁に口紅が置かれ,白地を多く見
せ,外側に花鳥など絵画的意匠が多いです。古染付には平鉢,桃形鉢などがあり,芙
蓉手フヨウデには草花紋の兜鉢カブトバチなどがあります。祥瑞には桶側鉢オケガワバチ・一閑
人鉢イッカンジンバチ・反鉢・針木平鉢ハリキヒラバチが知られ,何れも数少ない名品です。
△呉須赤絵ゴスアカエ玉取タマトリ獅子鉢ジシノハチ(高8.9p,径20.2p 五島美術館):呉須
赤絵は呉州赤絵の字を当てることもありますが,明代末期福建省の潮州で焼造された
ともいわれ,貿易品として外国に輸出されましたが,わが国に遺品が圧倒的に多いで
す。見込みに玉取獅子の紋様を染付(藍呉須アイゴス)で表し,外側に赤・緑・青と金彩
で装飾しています。内面には菱地紋に赤玉を入れ,蓮と牡丹を向かい合わせに描き,
外面に木瓜枠モツコウワクをとり,花鳥を描いています。呉須赤絵鉢中,王者の貫録を示す
鉢です。
△乾山焼ケンザンヤキ雪笹ユキザサ手鉢テバチ(高17.7p,径26.5p 滴翠美術館):乾山緒
方深省シンセイが,元禄・宝永頃京都鳴瀧窯ナルタキガマで焼造しました手鉢です。雪笹の見事
な表現と意匠性は,彼の生涯を通じてこれほどに高められたものは少ないです。手は
高く付けられ,器形は撫四方ナデヨホウで,口縁を繰クり,又は透かし彫りとし,笹の葉を
強調しています。雪の白釉は化粧釉を用いたのでしょう,力強い思い切った吹き付け
です。後に仁阿弥道八ニンナミドウハチもこの意匠を試みています。乾山の手鉢には,簡潔な
表現と,機能のための手法とが駆使されていますが,道八の作品には手の部分を太細
多様の竹節で装飾し,機能よりも寧ろ技法の過剰が目につきます。
△斑唐津マダラカラツ片口鉢カタクチノハチ(径11.5p 出光美術館):唐津焼の一種に斑唐津
と賞する灰釉の掛けられた陶器があります。白濁した灰釉や青味を帯びたものがあり,
茶碗・鉢・片口・ぐい呑・徳利などが知られます。香物鉢として使用されるこの片口
鉢は,「王」の彫印のある洲浜形スハマガタの小鉢とともに茶人間で愛用されてきました。
この斑唐津片口鉢は岸岳キシガダケ皿屋サラヤ窯の焼造で,桃山期のものです。唐津では片
口部分に口縁を残して穴を開け,木の葉を巻くようにして下から取り付けるのが特徴
で,瀬戸では縁を切り落として口を付けている点が異なります。香物鉢の代表的なも
のとして,古染付雁木鉢ガンギバチ,御本ゴホン刷毛目鉢,伊賀沓鉢クツバチ,唐津沓鉢,黒
織部沓鉢などがあります。その他,唐津片口・黄瀬戸鑼鉢ドラバチ・三島や南蛮編笠鉢
など侘びた風情のものが好まれます。香物鉢は,懐石を締めくくる重要な道具です。
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