08a 生素地の装飾その2
 
 7 象嵌手
 象嵌ゾウガン手とは,線彫りや印花文をした中に素地とは異なった泥を埋めて装飾する
方法です。朝鮮の高麗象嵌青磁などはその代表的な作品です。わが国では,九州の八代
焼ヤツシロヤキや上野焼アガノヤキにこの技法のものが見られます。
 釉裏紅と言われる呉州染付に対応する銅絵の具による下絵付けは,絵の具で描く方法
と,線彫りした中に銅絵の具(孔雀石)を埋め込む象嵌による方法とがあり,これは象
嵌することによって銅絵の具の"ぼやけ"を防ぐものです。
 近頃の韓国の,伝世の高麗象嵌青磁は,まず象嵌する五分乾きの素地に象嵌文様の下
図を付け,それを凡そ1.5〜2o位の深さに線彫り又は沈み彫りをします。白泥又は黒泥
の薄目のどべを筆に付けて,彫った部分に何回も叩き付けるようにして埋め込みます。
その後ビニール製の袋に入れて室ムロで半日〜1日程寝かします。そしてはみ出た余分な部
分の泥を鉋で軽く削り取ると,象嵌模様が現れます。徐々に乾燥して素焼きし,施釉し
て本焼焼成します。これは大変手数の要する技法ですので,表面的な描画とは違って,
深みのある風合いが生まれるのです。
 釉薬は象嵌文様を引き立たせるために透明系のものが適します。青磁釉などは象嵌に
適した釉薬と言えます。
 
 8 釘彫り(線彫り)
 釘彫りとは,釘で彫ったように見える素朴な線彫りのことで,元は朝鮮の高麗茶碗に
見受けられます。土の中に小石が混じっていて,それが轆轤成形の際に指や削り仕上げ
の鉋に当たって線文が生じたものを,茶陶の上で景色として捉えたものです。また,朝
鮮の三島茶碗で,印花文の他に釘や箆ヘラで線文したものを釘彫り三島と呼んでいます。
 
 9 掻落とし
 掻落としカキオトシ手として有名な作品に,中国の磁州窯の絵高麗があります。この技法
は,生素地に白化粧(又はいろいろな色化粧)を施して,表面の水気が引いた頃合に,
"曲がり"鉋を使って線彫り(釘彫り)の文様を彫り込みます。次に文様の外側の部分を,
これも線彫りで化粧を掻き落とします。無造作なタッチで線彫りすると,一層この技法
の効果が出ます。掻き落とし後は素焼きをし,土灰や石灰の透明釉,又は淡色の透明釉
を施します。
 釉薬を施した作品を掻き落とすこともあります。まず,三〜五分乾きの素地に,布海
苔液を入れた濃いめの釉薬を流し掛け又は浸し掛けします。水が廻って壊れやすい素地
のときは,太い筆で"ため塗り"の要領で釉薬を均一に塗り掛けます。施釉した表面が乾
いたら文様を掻き落とします。乾燥後素焼きをして,作品の内側に釉薬を施して焼成し
ます。
 この場合,掻き落とした部分は釉薬が剥がれますので,この剥がれた部分に施釉した
いときは,素焼き後,その部分又は全面に,スプレーで元釉の色を損なわない程度に,
例えば石灰か土灰の透明釉を薄く吹き掛けます。
 
 10 浮彫り
 浮彫りの技法は,彫りの技法の本命といえます。
 浮彫りは,素地面に文様が浮き出るように彫り上げる技法で,浮牡丹とも言われてい
ます。やきものの場合は,文様の輪郭の外側を彫り込むことによって,文様が浮き出ま
す。やきものでは流動性の釉薬を施すため,こうした彫り技法が寧ろ浮文様の効果を出
します。
 要領はまず文様を線彫りし,次に曲がり鉋で線彫りの"きわ"を深彫りにし,外側にな
るほど浅くなるように,傾斜して彫り上げます。そして透明性の白釉や淡色の色釉を施
しますと,深彫りのところに釉が溜まって陰影を作り,文様が浮き出たような効果が得
られます。
 彫りの時期は通常,陶器質の素地は少し柔らかめ(三〜五分乾き)の頃合に,磁器の
素地は八分乾きの頃合に彫り上げます。
 
 11 貼付け(貼花・嵌花)
 貼花といって中国宋代の浮牡丹手ウキボタンテと称している牡丹唐草などの浮文様に,青磁
釉が施されている作品がありますが,これは貼付け技法の代表的なものといえます。
 貼付けは紋張りともいい,貼付けの厚みは2〜3oで,浮彫りとは違って,素地表面に
起伏の大きい装飾効果が生まれます。
 まず粘土で貼り付ける文様の原型を作り,石膏泥を流し込んで石膏型(女型)を作り
ます。この型を乾かしてそれに粘土を押し込んで,貼り付ける文を作ります。この貼付
け文と作品の乾燥度合い(三〜五分乾きの頃)を見計らい,作品の貼り付ける素地面に
竹箆タケベラなどで凹凸を付け,其処へ素地土の泥(どべ)を塗り付け,用意してある貼付
け文を摺り合わせるようにして貼り付けます。後は貼り付け際にはみ出した泥を水筆で
拭い取り,細い竹箆などで軽く押さえ込みます("くれんぼ"を当てるという)。しばら
くビニール袋などに入れて寝かせてから,再び仕上げをします。
 嵌花とは,作品の素地面を文様の形に彫り上げ,其処に用意してある貼付け文を嵌めハ
メ込むものです。貼付けと象嵌ゾウガンを一緒にした技法で,彫りや貼付けとは違った,重
厚な風格の作品となります。
 
 12 筋張り
 筋張りとは,貼付けとは異なり,粘土を直接素地に付けて行く技法で,線文様の作品
に多く用いられます。三〜五分乾きの素地をビニール袋に入れて室ムロに置いて,作品の
水分を均一にしてから,文様を施す部分に筆で泥を軽く付けます。紐撚りを作って素地
に蜜着させて行きます。このように筋張りした後を更に指で押さえ込んで,筋張りした
土盛りの高さを揃えます。そして少し湿らせた刷毛で筋張りした土を拭い取るようにし
て仕上げますと,柔らかい線が生まれます。荒い指のタッチの作品にしたいときは,こ
の後に補います。
 
 13 堆花ツイガ・堆器ツイキ
 漆工芸に堆朱とい技法があり,この技法は朱漆と黒漆を交互に塗り重ねて,その断面
を出すように磨き上げると,色変わりの漆の積層面が出て,文様を作ります。
 堆花・堆器の技法もこれと同じで,生素地の上に白化粧泥と黒化粧泥(又はいろいろ
な色の化粧泥)を交互に塗り重ねて行き,次に積層文の効果が出るように文様を彫り上
げます。手数のかかる技法ですが,象嵌と同様に深みのある文様が生まれます。異種の
化粧泥を塗り重ねるので,亀裂が出やすいので注意して下さい。
 堆花の技法は,多くは磁器素地に対して用います。まず完全に乾燥した素地に布海苔
液を加えた化粧泥を,筆で厚く塗らずに塗っては乾燥させ,塗っては乾燥させるように
して,気長に施して下さい。化粧を重ねるところには,低い温度にセットした電熱を当
てて乾燥させることもよいでしょう。この場合は熱が冷めてから次の泥を塗り重ねませ
んと,亀裂が生じることがあります。
 
 14 透彫りと蛍手
 透スカシ彫りとは,文様を素地から彫り抜いて仕舞うもので,わが国では仁清や白薩摩,
有田の磁器にどに精巧な作品が見受けられます。
 透彫りもその素地の乾燥度合いが大切です。磁器は七分乾き位,陶器は五分乾きの頃
合とします。まず古い洋傘の鉄製骨を短く切って,その先を錐状に研いで筆の軸に付け
ます。これでまず透彫り文様の一部に穴をあけます。その穴を中心に,鋭い槍鉋を使っ
て文様を彫り拡げます。
 蛍手とは,中国の景徳鎮窯で盛んに用いられた手法で,磁器素地を部分的に透彫りし
て,それに透明性の釉薬を埋めた,丁度ステンドグラスのような効果を出してものです。
 蛍手は透彫り後乾燥,素焼きし,その後透彫りした部分に粘り状に熔ける釉薬を埋め
ます。余り大きい透彫りを埋めることはできず,1〜2o四方程度です。埋める材料は長
石に木灰や石灰石を配合します。あとは全体に釉薬(磁器質素地は柞イス灰釉か石灰釉,
陶器質素地は木灰釉)を施して本焼焼成します。
 
 15 そぎ(面取り)
 轆轤で厚く水引きし,生乾きの頃合に刃物(両刃の日本剃刀など)で削いで面を取っ
て形を出す技法です。朝鮮李朝の白磁の面取りや,新潟県の庵地焼イオジヤキの面取りがそ
の例です。
 美濃焼の"もぐさ土"のような粘りの少ない土は,轆轤成形でも土がよく延びないので,
厚く成形することになります。これも半乾きのときに土を削いで形を出すので,面取り
技法といえます。五分乾きの素地を広刃の剃刀で豪快に,また三分乾きのとき切糸や銅
線で削ぐ方法もあります。
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