08 生素地の装飾その2
 
              生素地の装飾その2
 
                     参考:理工学社発行「陶芸の伝統技法」
 
V 彫り
 
 1 沈み彫り・暗花
 (1) 沈み彫り
 沈み彫りとは,素地面より文様が沈んで見えるように彫る技法です。劃花カクカとか,ま
た沈み牡丹といった文様を素地に深く彫り付けたものや,暗花アンカといって浅彫りのもの
があります。中国宋代の越州窯エッシュウヨウ,定窯テイヨウ,汝窯ジョヨウ,竜泉窯リュウセンヨウなどの,
青磁や白磁のモノクロム的な淡彩釉の作品に多く用いられてきました。また景徳鎮ケイトク
チンの影青インチンと呼ばれるものは,青白磁に沈み彫りが施されたものですが,凹部に青白
磁釉が溜まって,渓流の淵の澱んだ青さを想起させる深い陰影を作っています。
 沈み彫りの素地は,比較的磁器ものが多いです。磁器は七分乾きのとき,陶器は五分
乾きの頃合いに彫ります。まず彫ろうとする素地に赤インク又は木炭で文様の"あたり"
を入れます。次に文様の輪郭を線彫りして,その中を彫りさらえて行きます。場合によ
っては一刀彫りのように一気に彫り込んで行きます。また,同じ文様を複数のものに彫
るときは,素地に"ねん紙写し"をします。
 鉋カンナは線彫り鉋と,線彫りした中を平らに"さらえ"る鉋の2種類用いる場合と,線彫
りとさらえを兼ねる"曲がり"という鉋を用いる場合があります。
 彫りの深さは,釉薬が施されることを勘案して1.5〜2o位が適当です。彫り込んだ後
筆に水を少し含ませて,彫り面を撫でるように仕上げると美しくなりますが,彫りのタ
ッチを残す(強調する)ときは,この仕上げはしません。
 彫りは,生素地を直接掘り下げる方法と,生素地の上に"布海苔フノリ"を加えた"とべ"を
厚く塗って,それを元素地の面まで彫り込む方法があります。
 (2) 暗花
 暗花アンカとは沈み彫りの線文様のことで,これに釉薬が施されと,彫りをした凹凸がな
くなる程に釉面が滑らかになり,その下に文様が沈んで見えるものです。黄磁釉や白磁
釉,青磁釉などがこうした沈み彫りの効果を出します。
 
 2 櫛目
 櫛目クシメは櫛描きクシガキとか,櫛手とも言います。生素地や化粧掛けした素地に,櫛目
様のもので引っ掻くようにして描く線彫りの一種です。
 櫛目の作品には,中国宋代の定窯テイヨウや汝窯ジョヨウのものに逸品が見られます。
 なお,弥生式土器の中期のものに見られる櫛溝文は,考古学的な見地から重要視され
ている刻文様ですが,櫛目装飾技法とは別個のものです。
 道具としては,竹櫛や,古くなった黄楊ツゲ櫛などを利用します。櫛目文の効果を出す
には,陶器質素地やせっ器質素地に白化粧掛けなどをして,化粧の表面の水気が引いた
ときに,櫛で大胆に文様を彫り込みます。このとき,櫛が素地まで届くように彫り込む
ことが大切です。或いは文様を線彫りして,その輪郭の内側を櫛目にすると沈み彫りに
なります。逆に外側を櫛目で彫り込むと浮き文になります。
 生き生きとした櫛目文の特徴を出すのには,素地や化粧の生乾きのタイミングを外さ
ないようにして下さい。
 
 3 鎬シノギ彫り
 鎬シノギとは,刀身の真ん中より棟に寄って縦に一段高くなっている,つまり鍔元ツバモト
から切先にかけての稜リョウのことで,木彫りにもこの鎬を付ける彫りの技法があり,鎬手
シノギテともいいます。
 鎬が出るようにやや丸味の鉋を使って,磁器質素地は七分乾き,陶器質素地は五分乾
きの頃合に,一刀彫りにように豪快に彫り込みます。殆どが縦線文のものです。轆轤を
回転させながら,丸鉋で深く彫り込んで横線の鎬文を出すことも出来ます。小綺麗に彫
り上げるというよりも,大胆に彫ることが要点です。
 
 4 印花
 中国周末から漢初期において,灰白色の焼き締め陶器に方格文,菱形文,羽状文など
の細かい印文を押した作品があり,これを印文陶と言います。また朝鮮高麗時代の作品
に印刻文の中に白と黒の化粧土を象嵌した高麗象嵌青磁や,李朝の三島暦手などがあり
ます。これらは印花インカによる代表的な装飾技法です。
 まず印花の作り方は,石膏に印花文を直接彫る方法や,また,きめの細かい陶器質粘
土を用いて小指大の粘土棒を作り,三分乾きの頃合に竹箆タケベラなどで文様を彫り,乾燥
後素焼きして作ります。
 押し方は,三分乾きの生素地面に片栗粉の入った粉袋で粉をまぶし,作品の裏側に指
などを当てて押さえながら刻印します。
 そのまま乾燥して本焼する場合と,刻印した部分に化粧を埋め込む場合があります。
刻印部分に化粧するときはまず素焼きをした後,化粧泥を筆で叩き付けるようにして埋
め込みます。しばらく置いた後に水布巾又は湿ったスポンジではみ出た化粧泥を拭い取
ります。三島暦手などはこのように印花と化粧を組み合わせたもので,それに灰透明釉
を施して焼成したものです。
 丹波の立杭窯では,自然の木の葉を生素地に押し付けて印文とした,最も素朴な印花
の技法を用いています。
 印花と白化粧による装飾技法は,韓国の鶏竜山の窯で焼かれたもので,その中で線文
と花文で綴られた三島暦手と呼ばれる印刻文は有名ですが,広義では高麗末期から李朝
初期にかけての白磁以外のものを総称します。ともかく印花文というものは,生装飾技
法として興味あるものです。
 三島文様は,静岡県三島大社から頒布されていた三島暦の文様とよく似ていたことか
ら名付けられたと言われています。
 三島手の文様の特色は,1p位の浪形文を縦に無数に刻印してもの,これを繋いだも
の,また輪繋ぎしたもの,或いは小さい菊形文,雁木文,武田菱にような四つ目文,ハ
ート形,剣先文,又は竜鳳,蓮華,唐草,小さい連珠文を点綴したものが刻印されてい
ます。何故か人物や動物の文様は殆ど見当たりません。鼠色をした地色に白化粧された
こうした小文様は,佗びを含みながらも華麗さを訴えているようです。
 
 5 布目
 押型成形をする際に,手指に粘土が付着するのを防ぐためや,土型からの粘土の型離
れをよくするために,型に布を敷きます。その布目ヌノメの痕アトを装飾的に捉えた技法が布
目の技法です。古い瓦に布目の現れたものが見受けられますが,装飾技法としては安土
・桃山期に作られた織部の作品からで,布は古い蚊帳布を用いています。
 また布目の中に白化粧土を埋めたものを布目象嵌といい,これは三島手の印花の化粧
と同じ方法です。
 青織部釉や飴釉などの透明,淡色の色釉を施すと,布目がよく活かされるようです。
整然とした布目よりも,蚊帳布を無造作に使って出す方が面白い効果が期待できます。
 
 6 飛鉋・飛白手
 (1) 飛鉋トビカンナ
 飛鉋は"とちり"とか,千点字とか,"躍りべら"とも言います。轆轤で削り仕上げると
き,削り鉋が轆轤の回転によって撥ね上がって点字を打ったように波状の削り目が付く
ことがあります。このような偶然に生まれたテクスチャー(地膚)を装飾技法としたも
のです。
 九州小石原の有名な飛鉋は,白化粧した作品に飛鉋を掛けたものです。
 飛鉋は普通の削り鉋又はバネのある鉋などで,鉋を素地に対してあまり固定させずに,
手に軽く持って削ります。まず轆轤で形を作り,通常の削り上げをして白化粧を施しま
す。白化粧の表面の水気が引いた頃合に,轆轤を回しながら飛鉋で化粧を削り取って文
様を付けて行きます。
 (2) 飛白手
 中国磁州窯の飛白手とは,白と黒の化粧を施した作品に飛鉋で刻文したもので,格調
高い作品です。飛白手は,まず白化粧を施した上に黒化粧をして飛鉋を掛けます。黒化
粧が削り取られて,千点字文の白化粧が現れます。
 轆轤の回転の速さによって,文様が細かくなったり,粗くなったりします。
[次へ進んで下さい]