07 生素地の装飾その1
 
             生素地の装飾その1
 
                     参考:理工学社発行「陶芸の伝統技法」
 
T 土の表情
 土は豊かな表情を持っています。生土は有機質的であり乾いた土は無機質のようでも
あります。
 棚板に水引きしたばかりの作品が満ちてくると,薄暗い室も妙に生々しくなり,それ
が乾き始めると,白々しく褪せて行きます。泥土が柔土に,そして生乾きに,全く乾い
たものへと変質して行く表情は,実に豊かで,様々な演技をしてくれます。
 縄文土器に見られる木の枝や木片,石,縄などの押印文,或いは竹櫛による引っ掻き,
赤楽茶碗の紅泥化粧,また泥土の盛り上げや振り付けなど,生素地の装飾は,絵付や釉
彩とともに,豊かなテクニック(技巧)やバリエーション(多様性)が可能で,多彩な
表現が生まれます。
 ヨーロッパのやきものには,絵付とともに化粧や彫りなど生素地の装飾が,我々から
見れば過剰なまでに使われてきました。東洋では漢(中国)の緑釉陶,唐三彩の化粧や
張り付けの技法を始め,磁州窯の掻取り手,宋磁の彫りによる白磁など,見事なものが
あります。朝鮮,日本ではこれを受け継いで,高麗陶の象嵌ゾウガンや李朝の粉引コヒキが代
表する化粧技法,印花による三島手となり,また,わが国では桃山陶からこうした技法
によるやきものが華やかに展開されてきました。
 しかし,ヨーロッパや中国の装飾技法はアカデミック(官学的・形式的)といえます
が,朝鮮や日本のやきものは,どちらかといいますとプリミティブ(原始的)なものと
いえるようです。
 
U 化粧
 備前焼の初期(天正年間)の古備前は無釉ですが,そのような無釉の,大人が入って
しまう程の大きな水甕ミズガメや種壷が多く作られました。そうした甕や壷に"どべ"を刷
毛で化粧したと見られるものが,よく目につきます。大きな器は,火回りの加減や土質
の関係で,十分に焼き締まらないところが出てきます。そのような器は水漏れしますの
で,それを防ぐために,磯上の土という粘りが強く,火度に弱い土を予め刷毛で化粧し
たといわれています。
 刷毛目の技法は桃山から江戸初期にかけて行われました。丹波の"赤どべ"とは黄土の
ことですが,これに木灰を加えたものを"灰だち"といい,地元では古くから釉薬として
扱っていますが,これも質的には化粧といえます。化粧というのは今日では装飾的な技
法の一つですが,かつては水漏れや,白素地への願望など,実用上の目的を持ったもの
でしたが,化粧に限らず他の装飾技法にも,このような実用上の目的から派生したもの
が多いです。
 信楽では以前,海鼠釉ナマコユウの器を作るとき,まず黄土で化粧してその上に灰釉を施し
ていました。秋田の楢岡焼きも海鼠釉を特徴としていますが,男鹿半島の鉄分の多い凝
灰岩質の土に火に弱い粘土を化粧し,その上に櫟クヌギ灰と楢灰を混ぜた灰釉を施します。
 このように釉薬に近い化粧土を施すものと,朝鮮の粉引のように鉄分を含んだせっ器
質素地を白磁のように白く見せるため,白泥にどっぷりと浸して素地を覆い隠したもの
や,中国の漢の緑釉陶や唐三彩のように白化粧したものに低火度の色釉を施すという,
釉薬の色合いを鮮明にすることを目的としたものもあります。また鼠志野も化粧技法の
一種といえます。
 中国の定窯や磁州窯での,白化粧の上に黒い絵の具で絵付けし,それを掻き取って文
様化したものなどは,化粧装飾の代表的なものといえます。中国では化粧のことを陶衣
といいますが,南方系には殆どなく,北方系のものに化粧したものが多いようです。
 呉州赤絵のように,白い磁器素地の上に更に白化粧を施すこともあります。これは化
粧によって素地面を滑らかにして,染付をしやすくするためです。初めは機能的な目的
で行ったものが,後に装飾的な技法として捉えられたものです。
 化粧は白化粧のほか,着色材を加えたカラフルな色化粧もあります。
 
 1 化粧の目的
 @赤土のような素地を白く見せるため
 A土人形に胡粉を塗り付けて下地を作り,その上に彩色するように,粗い素地の表面
  を滑らかにして下絵付をしやすくするため
 B水漏れを防ぐため,釉薬を施すのと同じように,焼け締まらない素地に化粧をする
 C素地土自体の色を変えることと,それによって釉薬の色を出すため
 D絵高麗や象嵌青磁のように,化粧土で彩色するため
 ヨーロッパでは化粧のことをエンゴーベとか,スリップといっています。その歴史は
古く,紀元前3000年頃既に化粧掛けによる作品があります。古代ドイツでは厚掛けによ
って浮彫りしたものがあり,またペルシャの冬期には釉薬に近い状態の化粧を施してい
ます。
 やきものの化粧法は東洋のものよりも西洋の方が古く,使い方もバラエティーがある
ようです。わが国では,中国の磁州窯の掻取り手や朝鮮の李朝の粉引きなどの化粧法を
お手本としてきました。
 
 2 化粧土
 わが国では,古くから化粧土には白絵土が良いといわれ,陶家では珍重してきました。
白絵土は岐阜県東部及び滋賀県から産出し,蛙目ガイロメ粘土や木節キブシ粘土に属するカオ
リンの一種であり,粘りの少ない白色の粘土で,層状になっています。
 沖縄壷屋の窯でも白化粧を施したものがありますが,沖縄中部に良質の白化粧土があ
って,これを壷屋の陶工は互いに大切にして使ってきたといわれています。
 化粧土の原料としては,白絵土,朝鮮カオリン,土岐口蛙目,天草石,島ケ原木節,
三石蝋石などがあります。
 白絵土とカオリンの化学成分は似通っていますので,化粧土は一般にはカオリンを元
にして作ることになります。
 木節粘土には黒木節と白木節の2種類あり,一般に木節粘土と言われるものは鼠色を
した黒木節粘土です。島ケ原木節は白木節のことで,瀬戸地方の磁器は,砂場サバと呼ぶ
花崗岩の半風化物にこの白木節粘土を加えたものを使っています。
 白絵土やカオリンは粘土としては純粋のもので,岩石が風化してそのままの場所にあ
る,いわゆる一次粘土です。一次粘土や風化岩石が流下して,それにいろいろな不純物
が混じって沈殿してできたものが二次粘土で,粘りの強い耐火性の粘土です。蛙目粘土
や木節粘土はこの二次粘土ですが,不純物が少ないので白い色になります。
 天草石などの陶石は母岩がなかば分解してできた白い石で,これを細かく粉砕して水
濾し,微粒のものばかりを集めますと,粘り気が出てきます。
 蝋石は石でもない粘土でもないもので,どちらかと言えば耐火性の白い石で粘りはあ
りません。
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