4203a 作歌法(続き)
[奥義抄 上ノ上]秀歌体
新撰髄脳云、凡歌は、心ふかくすがたきよげに、おかしきところあるを、すぐれたりと
云べしことおほくそへて、さりとてやうをみだるはいとわろき事也。ひとすぢにすくよ
かによむべし、すがたこゝろあひかなひてよまむことかたくば、まづ心をとるべし。す
がたと云は、うちぎゝ清げにゆゑありて、歌ときこえもしはめづらしくそへなどしたる
也。猶ふるき人、おほく歌まくらをおきて、すゑに思ふ心をあらはす中ごろの人はさし
もあらねど、はじめにいひあらはしつるは、猶わろき事になんある。
おほよそことばいやしく、あまりおいらかなることばなどを、よくはからひて、すぐれ
たることにあらずばよむべからず。「かも」「らし」「べら」などふるきことつねによ
むまじ。またふるくよめることばをふしにしたるはいとわろし、ひともじにてもめづら
しきことをよみ出べし、さりとてよみもならはさぬ事などをいへるもわろし。また内外
典のふみ、ふるき詩歌、もしは物がたりなどの心をもとゝしてよめる事あり。古歌の心、
ものがたりなどはふるきことのみな人のしりぬべきならずばよむべからず。われは思ひ
えたりとおもへども、人の心得ぬ事はかひなくなんある。またむかしのさまをのみこの
みて、今の人ごとにこのみよむは、わがひとりよしと心には思ふらめども、なべての人
さもおもはねば、あぢきなくなむあるべき。いにしへのよきうた、
よのなかをなにゝたとへんあさぼらけ こぎゆくふねのあとのしらなみ
あまのはらふりさけ見ればかすがなる みかさの山にいでし月かも
[愚秘抄]
歌に二の大途あり、心あらはにして詞おぼめき、詞たしかにて心たしかならぬ。この二
の体なるべし。此両体にはづれたらん歌は、よかるべからず、またことば心ともにおぼ
めき、心詞ともにたしかなるたぐひ侍べし。詞慥タシカにて心のかすかならんよりは、詞お
ぼめきて心の慥ならんはまさるべきにや。ことば心ともにおぼめきたるを、上手の一き
れよむ姿と申べし。心詞たしかなるを左右に及ばぬ体と申なり、心詞たしかにて、しか
も能案じたりける歌かなと見ゆるこそ、実の本意とはおぼえ侍れ。
[近代秀歌]
やまと歌の道浅きに似て深く、やすきに似てかたし。(中略)ことばはふるきをしたひ、
心はあたらしきをもとめ、及ばぬ高き姿を願ひて、寛平以往の歌に習はゞをのづからよ
ろしきことも、などか侍ざらん。
[愚秘抄]
抑諸家の口伝に、歌は、詞はふるきをしたひ、心はあたらしきを賞せよと教へて侍り。
多分好士ごとに如此心得たるにや、当家の最秘の口伝には、詞はあたらしく心はふるか
るべしと也。大に心得難事にや、金吾(基俊)の説とて、暮々と亡父卿(俊成)申され
しは、いへば、詞も心も総てふるからぬは一もあるべからず。其の故は「月」よ「花」
よとて、四季の気色よりはじめて、昔より今にいたるまで、人毎によめる歌の数々、い
づれの心かよみのこされ侍るべき。とざまかうざまによみかへて、われ新く珍らかなる
風情心よみたりと思へども、皆々能々かへりみよ。おもてのすこしかはりたる様なれど
も、皆まはりて一心なるべし、さればいかに案ずとも、新しき心は出来べからざるにや、
いかなるゑせ歌までも、其の心一つはもちて侍らざらんには、あたらしくもならぬ心を、
さのみさぐりえんと、詞を次にすることなかれ。詞もいはゞ皆よみのこせることなけれ
ども、とかくとりかへてつゞけなせば、新く聞ゆべし。げには卅一字まろながら出くる
同歌のあることは、努々なき事也。されば詞はしばらく新きに似て侍るなり。此口伝の
下にて能々了簡せよ。(中略)とぞ。
[愚問賢註]
歌は心をさきとすべきか、詞をさきとすべきか、古来先達さまざまに申て侍めり。
八雲御抄をよむに、思ふべき事六ありとて、一心をさきとすべきことゝ侍ば、詞は後か
とおぼゆるほどに、一詞をさきとすべきことゝ侍るは、また心はつぎなるかと覚ゆ。所
詮前後あるべからざる事也。
[位蛙抄 六]雑談
故宗匠(藤原為世)云、初心なる時は、常に恋の歌よむべし、それがこゝろもいでき、
詞をもいひなるゝ也。
[定家卿消息]
歌の大事は、詞の用捨にて侍るべし、詞につきて強弱大小候べし。それを能々見したた
めて、強き詞をば一向に是をつゞけ、弱き詞をばまた一向に是を連ね、かくのごとく案
じかへしかへし、ふとみほそみもなく、なびらかに聞にくからぬやうによみなすが、極
て重事にて侍也。申さば、すべて詞にあしきもなく宜しきも有べからず、たゞ続けがら
にて歌詞の勝劣侍べし。幽玄の詞に鬼拉の詞などを連ねたらむは、いと見苦しからんに
こそ、されば心を本として、詞を取捨せよと、亡父卿(俊成)も申おき侍し。
或人花実の事を歌にたて申て侍るにとりて、古の歌はみな実を存して花を忘れ、近代の
歌は花をのみ心にかけて、実にはめもかけぬからと申ためり。尤さと覚え侍る、(中略
)
但心詞の二を共に兼たらむはいふに及ばず、心のかけたらんよりは、詞の拙きこそ侍ら
め。
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