4203 作歌法(続き)
 
[悦目抄]
一歌をかならず上の句よりよまむとおもふべからず、上よりよまるゝ歌もあり、中より
よまるゝ歌もあり、すそよりよまるゝ歌もあるを、よまれぬ所よりよまんとすれば、終
日終夜案ずれども出こぬもの也。
縁の字にても、詞にても、まふけたらむ物をあてゝみんに、しかるべくあらば、それを
たねとして読ものなり。また歌をよまん時は、心を一所におかずして、十方にはしらか
して、山野河海にやさしき風情をもとむべし。心をたねとする故に、たね自然に出くる
也。大きなる本懐なり。
 
[定家卿御消息]
歌の五文字は、よく思惟して後におくべきにて候。されば故禅門(俊成)も、歌ごとに
五文字をば後につけ候しに候。披講の時この沙汰いできて、されば何の心に、歌ごとに
初句のそばにかゝるらむなど、人々不審し侍し返答に、五文字をば後によみかき候程に、
注のやうに候と申て侍りしに、万座一ふしある事聞えたりと思家にて、色めきてこそ候
しか。
 
[よるのつる]
歌をあんずるに、はじめの五文字よりしだいによみくだされ候事は申に及ばず、かうが
ふべからず。さては歌よむ心地とて、つねにうけ給り候しは、先下の七々の句をよくあ
んじてのちに、はじめの五文字をすゑにかなふやうに、よくよくおもひさだむべしとて
候き、上の句よりしだいによむほどに、末よわになる事の候へば、そのようじんとおぼ
え候。
 
[愚秘抄]
歌にかぎらずきるゝ所一処あるべし。二所にてきらす事、よにわろきうたの基なり。(
中略)
第五句にてきらせる歌を、先よろしき姿とすべきにや、いかにも親句の歌は、第五句に
てきるゝなり、これ神妙の体なり。親句の歌にも、中句にてきらせる歌もをのづから侍
べし。されども多分中にてきらすは、疏句の歌なるべし。またをのづから第五句にてき
らせる疏句も侍べきにや、親句の歌には秀歌なし、あれどもまれの事なり。親句の歌は、
律の歌なるがゆへに、めづらしきさまいできたらず、疏句は呂の歌なるがゆへに、思ふ
さまに句つゞきをよむによりて、秀句いでくるなるべし。第四句にてきらせる歌はまれ
なり。初五文字にてきらす歌は、ふるまい歌に多分侍る。第三句にてきらす歌はなどや
あらんあひとをにきこゆるなるべし。いづれと申とも、第二句にてきらせる歌は、幽玄
のすがたなるなり。但いづれの句にてもあれ、めづらしく能つゞけがらだにもよければ
くるしからず、一偏をまもるべからず。
 
[愚秘抄]
歌に隔句とて侍り、其のこと、「秋風の峯の松原吹しほり、雲の行およばぬ空」などや
うのたぐひ也。これをつゞけていひくださば、「秋風の吹しほる峯の松原、雲のゆく空
はおよばぬ」などぞ侍べき、かやうにいひくださんとすべからず。よみつゞけたるがわ
ろくて、隔句によみてよろしき也。先隔句の歌は、けだかくきこゆべし思ふ処ありて、
上手びたる詞づかひなり。是はよろしく歌の出らん姿にしたがひて詞の不同を存すべし。
但また或人の云、初五文字に「秋風」とをきて、第二三句には、別のことをいひつゞけ
て、さて第四五の句に、「吹」などよめるをも隔句と申ためり。それはしらぬ人の故也。
 
隔句と申は、上の句の内下の句の内計の事にて侍なり。上下の句にわたしてよめるを、
隔句と申はあるべからざること成べし。経信卿の歌に、「夕されざ門田のいなば音信て
」とてよめる歌は、上句に「音信て」と置て、第五句に「秋風ぞふく」とはてたり。こ
れは隔句にあらずと申人侍り、隔句と申は、詞のつゞけやうにしたがひて、あらぬ詞を
中にへだてゝ、さてしかもつゞくやうにいひなすべし。上の句に、「月」や「花」やな
ど置て、下の句に「影にほひ」などよむは、凡の物のありさまをいひたてんとて、上下
の句にわかたあてゝよめるなるべし。対句の歌と申て、隔句に准じがたしと侍り。
 
[長明無名抄]一俊恵物語の次にとひて云、遍昭僧正歌に
 
たらちねはかゝれとてしもむば玉の 我黒髪を撫ずや有けん
 
此歌の中に、いづれの詞か殊にすぐれたると、おぼえんまゝにのたまへといふ。予(鴨
長明)云、「かゝれとてしも」といひて、「むば玉の」とやすめたる程こそ、殊にめで
たく侍れといふ。かくなかなか早く歌は、さかひにいられにけり、歌よみはかやうの事
にあるぞ。夫にとりて、「月」といはんとて「久かた」とおき、「山」といはんとて、
「あし引」といふ、常のことなり。されどもはじめの五文字にて、させる興なし。こし
の句よくつゞけて、言葉のやすめにおきたるは、いみじく歌のしなもいでき。ふるまへ
るけすらひともなる也。ふるき人、是をば半臂句とぞいひ侍ける。はんひは、させる用
なきものなれど、しゃうぞくの中にかざりとなる物なり。歌の三十一字いくほどもなき
うちに、思ふ事いひきはめんには、むなしき詞をば、一文字なりともますべくもあらね
ど、此半臂の句は、必しなとなりて、すがたをかざるもの也。姿の花麗きはまりぬれば、
またをのづから余情となる、是を心うるをさかひに入といふべし。よくよくこの歌をあ
んじて見給へ。はんひの句も、せんはつぎのことぞ、眼はたゞとてしもといふ四文字な
り。かくいはずば半臂のせんなからましとこそみえたれとなん侍し。
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