4202 作歌法(続き)
 
[悦目抄]
夫歌はよむ事のかたきにはあらず、よくよむ事のかたきなり。一切のげいは、よき師匠
にあふてまなぶにむなしからずといへり。その心の上たる事をならひて、必中たること
をうといへり。然に此歌の道におきては、人のをしへによらず、こゝろの発する所也。
たゞ心のいたるといたらざるがいたす也。心をば伝る事あるべからず、されば父堪能な
りといへども、子かならずしもその心をつがず、師匠風情をえたれども、弟子其の風体
をうつす事なく、そのこと葉ありといふとも、其の心さらにあらはれがたし、心にはよ
きやうをもわろきやうをもしれる輩も、人にをしふるにちからなし。されば歌を心うる
事は、読よりは大事也。其のふかき心をしらずして、ふるき心をよまむ事はかたかるべ
しといへり、歌を心うる事第一の秘事也。これを心えんと思はゞたゞよき歌をうちあん
じて、その歌をわがよまむずる心地に、我心のうちにもたせて天をもはしらかし、山野
河海をも思めぐらせば心得られ侍る物也。
 
すべて歌のことごとくにかなふ事なし、堪能の人もたびごとに秀逸にあらず、さしもな
き歌人もよき歌はよむなり。但それはよめども歌の体さらに上手の物に同じからずかは
りたる也。古歌をよみ心うる事此道の至極也。此道に長ぜん人はあきらかに見るべし。
歌はいかなる人も心うる事なれば、我心によしと思ふ事はあれども、たゞそれはしらざ
るにおなじ。歌をよまんとおもはゞ此道をふかくすべし、たゞせんずるところは、万葉
集よりはじめて、三代集を見こゝろえて、ふるき詞によりて其の心を作べし。いはゞよ
き詞もなくわろき詞もなし、たゞつゞけがらに善悪は有也。万葉の詞なればとて、あし
からんをよむべからず、古今によめばとて、ちるぞめでたき、わびしらに、べらなどい
へる詞よむべきにあらずといへり。
 
[耳底記 一]同月(慶長三年八月)八日
一歌をよむに、かけあひといふものあり、たとへば「露」といはんとては「草葉」とい
ひ、「糸」といはんとては「むすぼゝる」、「みだるゝ」などいうやうなる類なり。
 
[歌がたり]
うたはしらべこそもとなれ、いかにこまやかにいひ出たりとも、しらべくだけたらむは、
いやしげなるべし。またよくいにしへににたりとも、しらべあしからむはめづべきこと
かは、このしらべのよしあしは、たやすくしりやすきがごとくにして、いとわきまへが
たきものなり。しらべのとゝのひたるまことのさまをよくしらむと思はゞ、古今集をよ
くあぢはふべし。古今集はしらべをむねとえらべるものなり、古今集にふかくなれて、
そのあぢはひをこゝろえてのち、あだし集どもをみば、そのけぢめ明らかにしらるべし。
三代集といへば、おなじさまのものなりと、大かたのひとは思ふめれど、後撰拾遺のふ
たつは、しらべわろき歌もまじりて、古今とおなじなみにいふべき事ならず。また万葉
集はもとえらべるものならねば、わろき歌なむおほかめる。それが中にすぐれたるうた
にいたりては、しらべ高きことにるものなし。万葉のうたは、大かたは本のすがたはよ
くて、末のしらべくだけたるうたおほし。万葉集をまなばむには、よくこのわかちをな
してみるべきなり。今の世のいにしへこのめるひとの、万葉ぶりなりとてよむを見るに、
ことばとしらべとのえらびをばなさで、たゞいにしへのわろきうたのさまなるうたをつ
くりいでゝ、われいにしへぶりのうたよみえたりなど、ほこりかにいひのゝしるは、か
たはらいたきわざなり。
 
[三のしるべ 中]歌のしるべ
ついでにしらべの事をいはん、この頃はこれを歌のむねなりとやうにいひて、をしふる
人もありとぞ。さやうにはあらねど、げに歌はしらべもなほざりにおもふまじき事なり。
たとへば歌の情あはれに詞のをかしきは、女の心うつくしくかほよきなり。しらべのわ
ろきは、さる女のけはひのいやしげなるが如し。こゝろばへもかほもにくからぬに、あ
てなるさまぐしたらんやうなるをぞ、歌のかみのしなにはおくべき。
 
[新学異見]
にひまなびに云、いにしへの歌は調をもはらとせり、うたふものなれば也。景樹按らく、
いにしへの歌の調も情もとゝのへるは、他の義あるにあらず、ひとへの誠実より出れば
なり。誠実より為れる歌は、やがて天地の調にして、空ふく風の物にすぎで其の声をな
すが如く。あたる物として其の調を得ざる事なし、これを雲を水とに喩ふ、雲の在や、
騰て浪にまがひ、垂クダりて花をあざむき、なびきて褶アハセとなり、屯アツマりて峯をなす。
水のゆくや、乱れて文を織り、湛へて藍をそめ、凝りて鏡をかけ、はしりて珠をなすが
如き、百に千に変態を尽すといへども、みな意ありて然するには非ず。たゞ風によりて
飄タダヨひ、地に就て下れるのみ、彼言の葉も斯の如し。短きは短歌となり、長きは長歌
となり、見る物、聞く物のまにまに、其の状貌あらはれざる事あたはず。是やがて情の
物にふるゝ形容也。
 
さる中におのづから調なりて、巧めるが如く飾れるが如く、其の奇妙たとふべき物なき
に至るは、天地のなかに斯誠より真精き物なく、斯誠より純美き物なければ也。されば
古の歌はおのづから調をなせりといふべし、意を用ひて調へなしたる物とおもへるは、
大錯イタクタガへる事なり。
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