38 短歌文法「形容詞」
              短歌文法「形容詞」
 
                      参考:飯塚書店発行「短歌文法辞典」
 
 形容詞は,ものごとの性質や状態を表す。活用はク活用とシク活用の二種類があり,
終止形は「・・し」で言い切る。形容詞だけで述語になることができる。本稿中,ク活用
は(ク活),シク活用は(シク活)と略記する。
 
あかる・し(明るし) (ク活)@光や燈火で明るいので物がよく見える。例「草枯れの
 林あかるしはらはらと・・」「・・妻とあかるき夜の街に行く」
 A物事に明るい。
 B気持ち,表情,表現内容が晴れ晴れしている。朗らかだ。公明だ。色がくすんでい
 ない。例「(桜が咲いて)この山里を明るからしむ」「(あぢさひの珠)ひすがらのあ
 め藍はあかるく」
 
あざ-あざ・し(鮮鮮し) (シク活)鮮やかだ。はっきりしている。例「卒然とおもか
 げの顔あざあざし・・」
 
あたたか・し(暖かし・温かし) (ク活)@気温が暑くもなく寒くもなく快い。例「・・
 なほあたたかし秋の終りは」
 A愛情が細やかである。
 B物や色彩が暖かい。例「・・陽は温くして雪のなき冬」「菊咲きて日ざし暖かき庭べ
 には・・」「・・土橋をわたるあたたかければ」
 
あはあは・し(淡淡し) (シク活)@色や味が非常にあっさりしている。薄い。例「・・
 手にする桔梗キキョウ影あはあはし」
 A感情や望み,光などが,ほんのりと淡くて消えやすい。仄かだ。儚ハカナい。例「悔い
 ごころあはあはし昼つかた・・」「・・犬たでの淡々しきそのあけを見守りぬ」
 
あは・し(淡し) (ク活)@色・味などが薄い。例「荒れは唇に刷く口紅ルージュの淡く
 して・・」「(栴檀の濃き葉)さらにその上ヘの若葉は淡く」「つばらかに見れば淡けれ
 猫楊ネコヤナギのわた毛・・」
 A感情や光彩などが薄い。微カスか。例「・・思出さむになべて淡しも」「(灯を消して
 ・・)己れにかへる淡き悔あり」
 
あはつけ・し(淡つけし) (ク活)軽率だ。注意が足りず,ぼんやりしている。迂闊
 ウカツだ。例「淡つけく心やる身となりにけり・・」
 
あまね・し(遍し・普し) (ク活)全てに行き渡っている。例「・・地靄モヤの冷えの肌に
 あまねし」「・・うるほひあまねく太陽照す」「・・秋の没カクり陽あまねき朱は黄にかは
 りゆく」
 
あやふ・し(危ふし) (ク活)@物事の存立が脅かされ,崩れそうで心配である。気掛
 かりだ。不安である。例「・・簡浄に経つつあやふしこの稀薄感」
 A悪い結果になりそうで,危ない。危険だ。例「・・野茨の赤き結実ミノリもあやふからむ
 か」「・・細枝に鳥類のねむりあやふくひたすらならむ」「戦争の危かりし日に来し思
 へば・・」「蒼みどろなして浮かぶは危ふきに・・」
 
いた-いた・し(痛々し) (シク活)酷ヒドく可哀想である。とても辛い。見ても心が痛
 む程哀れだ。例「(貧しさに・・)こころいたいたし夜の白雲」「人間の稚児の泣く声
 いたいたし・・」「・・いたいたしかりし死シニの夜のこと」「(妹の顔)いたいたしきま
 で亡母ナキハハに似る」
 
いたは・し(労し) (シク活)@大事にしたい。大切に思う。例「・・妻も子もともにい
 たはしきかも」「おのが身のいたはしければ青き木に・・」
 A気の毒である。可哀想だ。例「いたはしくてならぬと母言ふ・・」
 
いち-じろ・し(著し) (ク活)「いちじるし」の転。明白である。目立ってはっきり
 している。それと分かるほど程度が甚だしい。例「潮の流れ今朝いちじろし波の間に
 ・・」「(破れ障子の風の)冷えいちじろくなりにけるかも」「秋になりていちじろき
 疲れは胃腸より・・
 」
 
いち-はや・し(逸早し) (ク活)非常に早い。素早い。忙セワしい。例「うすべにに葉
 はいちはやく萌えいでて・・」「郭公のいち早く鳴く山荘の・・」「いち早き雪消えに陽
 の耀よへば・・」
 
いとけ・し(幼けし・稚けし) (ク活)幼い。あどけない。「いとけなし」とも。例「
 ・・いとけきはじし(歯茎)噛みにけるかも」
 
いとけ-な・し(幼けなし) (ク活)幼い。あどけない。がんぜない。例「虫の声まだ
 いとけなし梅雨晴れの・・」「分度器を掌にのせて睡るいとけなく・・」「いとけなき舞
 子入り来て唱ウタふ声・・」「いとけなきものの磁石を持つときに・・」
 
いと・し(愛し) (シク活)@可愛い。いとおしい。例「・・昔のわれの怒りいとしも」
 「(色鉛筆の)赤き粉のちるがいとしく寝て削るなり」
 A不憫フビンだ。可哀想だ。
 
いとど・し (シク活)益々激しい。一層甚だしい。例「いとどしく雷鳴りし頃降る雪は
 ・・」「雨あとの秋づきしるしいとどしく・・」
 
いとは・し(厭はし) (シク活)厭だ。好かない。煩わしい。例「湯気い吹く飯イヒの匂
 ひもいとはしく・・」
 
いはけ-な・し (ク活)子供らしい。幼い。あどけない。「いわけなし」とも。例「久
 にしてあへれば母のいわけなく・・」
 
いみ・じ (シク活)@程度が普通でない場合に用いる。甚だしい。例「風ありて光りい
 みじき朝の海を・・」
 A誉める場合に用いる。良い。素晴らしい。例「・・泉といふやいみじくも歌」「殿づ
 くりいみじき林泉シマにかなふべく・・」
 B望ましくない場合に用いる。大変だ。重大だ。恐ろしい。例「・・髪に光をあつるさ
 へいみじと思ふ冬さりにけり」
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