38a 短歌文法「形容詞」
 
うつ・し(現し・顕し) (シク活)現実にある。生きている。明らかだ。例「・・蜂ひと
 つ花粉にそみて現しけなくに」「・・滝の湯のひびき現しく夜はふけぬらし」「うつし
 みの顕しきいきのかかるまで・・」
 
うつつ-な・し(現無し) (ク活)本心を失っている。無心である。頭が惚ボけている。
 例「夜もすがら思ふは昨日うつつなく・・」「うつつなく眠るおもわも見むものを・・」
 「・・現ウツツなき父の目に顕つらしも」
 
うと・し(疎し) (ク活)@親しくない。疎遠である。例「・・去る者日日に疎しとも思
 ふ」
 Aよく知らない。事情に暗い。
 
うとま・し(疎まし) (シク活)厭イトわしい。嫌らしい。煩わしい。例「疎ましと思ふ
 しばしば吾がゆきし・・」「派をなして戦ソヨぐひととき疎ましき(庭の蔓草)」
 
うま・し (シク活)満ち足りて快い。楽しい。申し分がない。例「・・見つつ生オひ立つ
 うまし信濃は」「・・せちに感ずるうましき疲れを」
 
うら−がな・し(うら悲し) (シク活)何となく悲しい。例「(墓参りの後)妻の湯の
 香のうらがなしもよ」「胸の奥に鉛をさげてうらがなし・・」
 
うら-わか・し(うら若し) (ク活)@草や木の枝先が若くて瑞々しい。例「睡蓮のま
 だうら若き赭アカき芽が・・」
 A年が若々しい。極ゴク年が若い。例「・・うら若き日の夢に別れて」「・・うら若ければ
 見えざりしかも」
 
おぎろ-な・し (ク活)非常に広大だ。甚だ広い。奥深い。「おきろなし」とも。例「
 風の夜は暗くおぎろなし降るごとき・・」「おぎろなき虚空に何かの黙すなれ・・」「お
 きろなき息をもらせり内ウチの海・・」
 
おだ・し(穏し) (シク活)穏やかである。安らかに落ち着いている。例「夕星のひか
 り穏しくまたたけば・・」「冬の陽ヒは穏しかりけり手習いの硯の・・」
 
おびただ・し (シク活)数や程度が普通でない。非常に多い。甚だしい。例「(暴風)
 ガラス戸につき当たる蛾のおびただし」「・・おびただしくも香水にほふ」「竹落葉お
 びただしき庭うるほひて・・」「おびただしき消耗強ふる沈黙もありと・・」
 
おぼほ・し (シク活)「おぼおぼし」の略。「おぼぼし」とも。@朧気オボロゲである。
 ぼんやりしている。例「おぼぼしく若葉黝クロずむこの眺め・・」「靄モヤ立ちて朝から暑
 しおぼほしき・・」「あらし過ぎて闇おぼぼしき春の夜の・・」
 A心が晴れない。
 
おもた・し(重たし) (ク活)@目方が多い。重たい。
 A気が晴れない。心にのしかかる感じだ。例「・・見しより身ぬちに疲労重たし」「胸
 乳など重たきもののたゆたひに・・」「・・残る生ヨは量りえねどもあはれ重たき」
 
かぎり-な・し(限り無し) (ク活)果てしがない。例「ちる花のかず限りなしことご
 とく・・」「・・灯火かぎりなく息づきはじむ」「・・かぎりなき逃亡の旅つづくがごとし
 」
 
かぐは・し(芳し・馨はし) (シク活)@香りが良い。例「・・患家の主婦の汲む茶かぐ
 はし」
 A美しい。「・・振袖のかぐはしくして花の如しも」「札幌にかぐはしきとき過ぎゆか
 む(ポプラのわた毛)」「かぐはしき稚柔乳ワカヤハチチのとがるなす(富士の峰)」
 
かそけ・し(幽けし) (ク活)光・色・音などが消えて行く感じ。幽カスかである。例「
 ・・あはれかそけし雪の下の花」「・・幽けくもあるか落葉うごく音」「手に留めてまこ
 とかそけき生きものの・・」「・・澄みて幽けきあぢさゐの青」
 
かな・し(悲し・哀し・愛し) (シク活)@心が痛んで泣けてくるようだ。痛ましい。
 例「ものの葉のあまき匂も悲しきろ・・」「いねながらわが悲しけれわがからだ」
 A切ない程愛イトしい。可愛い。例「・・光はいのち愛しからしむ」「・・冷たかり自愛の
 こころかなしくもわく」「・・愛しかりけり若葉おをやぐ」
 
かひがひ・し(甲斐甲斐し) (シク活)骨身を惜しまず,きびきびしている。忠実忠実
 マメマメしい。健気ケナゲだ。例「我が病むをかひがひしくもみとりしは・・」「かよわなる
 みめよき娘らの甲斐甲斐しき・・」
 
く・し(奇し) (シク活)不思議だ。神秘的だ。霊妙だ。例「・・千草奇しくも寂びにけ
 るかも」「・・奇しき老松かずを知らずも」
 
くや・し(悔し・口惜し) (シク活)心残りである。後になって不満足な気持ちがし
 て,惜しいと思う。情けない。悔しい。例「・・今し悔しもとはのへだたり」「・・若き
 日口惜し軍歌を聞けば」
 
くら・し(暗し) (ク活)@光が不足し物がよく,又は全く見えない。例「・・父母ブモ
 未生ミシャウ以前の杳クラき冥クラきわが生セイ」
 A気持ちや表情・表現内容が爽やかでない。陰気だ。希望が持てない。色がくすんで
 いる。例「・・虫だになけめあめつち冥クラし」「・・世の一切事なべて冥クラかり」「六月
 の天暗くして暮るるころ・・」
 B物事を知らない。不案内である。
 
くる・し(苦し) (シク活)苦痛である。堪コラえにくい。我慢出来ない。辛い。困っ
 た。例「・・かにかく苦しわが胸の中」「・・われにかかはりの無きかとまでに苦しくな
 りぬ」「生ける日は苦しかりければ古びとは・・」「暑さくるしき一日のゆふべ木曽山
 の(牛尾菜シオデ食べる)」
 
こころ-ぐ・し(心ぐし) (ク活)心が晴れない。何となく不安だ。例「さ夜ふけてな
 くやこほろぎ心ぐし・・」「こころぐき鉄砲百合か我が語る・・」
 
こほ・し(恋ほし) (シク活)「こひし」の古形。慕わしい。懐かしい。例「・・父に見
 き今はそれさへ恋ほし」「恋ほしくも桔梗の花が白く咲きて・・」「(寿司にぎる手)
 生セイそのもののごとく恋ほしく」「(山茶花の花)人のこほしき紅アケにあらなく」「
 (椚茸クヌギタケねずみ茸)うす暗きひかり恋ほしけれ生き堪へし日を」
 
こよな・し (ク活)この上無い。格別だ。殊の他だ。例「・・平凡をこよなしとする齢トシ
 のおちつき」「・・心こよなく足らひけるをば」
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