20b 京都歳時記[花鳥風月]その一
 
〈四月〉
 
△花曇り
 春霞なに隠すらむさくら花 散る間をだにも見るべきものを(古今集) 紀貫之
 照りもせず曇りもはてぬ春の夜の 朧月夜にしく物ぞなき(新古今集) 大江千里
 
△かげろう
 あひに逢ひて長閑ノドカかりけりかげろふの もゆる春日の鴬のこゑ 頓阿
 今は早ハヤ若菜摘むらしかげろふの もゆる春日の野辺の里人(新後撰集) 覚助
 
△春月ハルノツキ
 詠ナガムれば我身ひとつはあらぬよに 昔にいたる春の夜の月(続後撰集)藤原俊成女
 雲は猶よその春風吹はらへ 霞にゆする朧月夜ぞ(続古今集) 藤原家隆
 
△花見
 やどりして春の山べに寝たる夜は 夢のうちにも花ぞ散りける(古今集) 紀貫之
 
△散る桜
 又や見ん交野カタノのみのの桜狩 花の雪散る春の明ぼの(新古今集) 藤原俊成
 山里の春の夕暮きてみれば 入相イリアイの鐘に花ぞ散りける(新古今集) 能因法師
 
△墨染スミゾメの桜
 深草の野辺の桜し心あらば 今年ばかりは墨染に咲け 上野岑雄カンツケノミネオ
 
△苗代
 あしびきの山の桜の色見てぞ をちかた人も種はまきける 紀貫之
 しめはふる山田のをだの苗代に ゆきげの水をひきぞかけける 顕仲朝臣
 
△菫スミレ
 むかし見し妹イモが垣根は荒れにけり つばなまじりの菫のみして 権大納言公実卿
 
△晩春
 惜しめどもとどまらなくに春がすみ 帰る道にし立ちぬと思へば(古今集)在原元方
 暮れて行く春の湊ミナトは知らねども 霞におつる宇治の柴舟(新古今集) 寂蓮
 待てといふにとまらぬ物と知りながら しひてぞをしき春の別れは(新古今集)
                                  読人しらず
 
△惜春セキシュン
 時鳥ホトトギス鳴かずば鳴かずいかにして 暮ゆく春を又はくはへん(後拾遺集) 能宣
 山川の花のしがらみかけてだに よどまぬ春はとまるともなし 藤原為家
 
△行く春・暮春
 花はねに鳥はふるすに帰るなり 春のとまりをしる人ぞなき(千載集) 崇徳院
 つれもなく暮れ行く空を別にて 行ユクかた知らずかへる春かな(後拾遺集)藤原定家
 
△燕
 つばめくる時になりぬと雁カリガネは ふるさと思ひて雲がくれ行く(万葉集)大伴家持
 あはれみの後の春まで残りけり つばめの足につけし糸すぢ 冷泉為相
 
△松尾マツノオ祭
 ふた葉さす松の尾山のあふひ草 いく代かはらでけふにあふらん 貞世
 
△鞍馬寺花供養
 霞立つ鞍馬の山のうず桜 手振りをしてな折りぞ煩らふ 藤原顕季
 
△雀の子
 おもへただすずめのひなをかひおきて 育つる程はかなしきものを 土御門内大臣
 
△曲水の宴
 から人のあとをつたふる盃の 浪にしたがふけふもきにけり 藤原定家
 
△雉子キギス
 ほのぼのと霞める山の峰つづき 同じ雉子の声うらむなり 藤原定家
 かりの世と思ふなるべし春の野の 朝たつ雉子ほろろとぞなく 和泉式部
 
△雲雀ヒバリ
 うらうらに照れる春日に雲雀あがり 心かなしもひとりし思へば(万葉集)大伴家持
 ひばりあがる春の野沢の朝みどり 空に色こきむらがすみかな 慈鎮
 
サクラ 四月はサクラの季節です。庭にも山にもサクラが咲きます。日本人は大変サク
 ラが好きです。中国人はサクラに無関心で,もっと生活に役立つものを植えます。筆
 者(本書の著者)もサクラが大好きで四月にサクラの花便りを見ますとそわそわして
 落ち着きません。京都においては四月の初めに円山公園のイトザクラが咲きます。そ
 れからソメイヨシノが木一杯に花を付けます。両種共花が先で,後から葉が出ます。
 花と葉が同時に出るのがヤマザクラです。ヤマザクラに庭にも山にもあります。四月
 下旬に御室のサトザクラが満開となります。いろいろな立派な品種があります。五月
 の初めにヤマザクラに似たカスミザクラが咲き,花の小さいキンキマメザクラが咲き
 ます。ソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンとの雑種で,普通の種子は出来ま
 せん。江戸時代末期から東京の染井から売り出されました。現在はサクラでは最も多
 く植えられています。
 
 世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし(古今集) 在原業平
 ひさかたの光のどけき春の日に 静心シズココロなく花の散るらむ(古今集) 紀友則
 
コバノミツバツツジ ほかのツツジ類より早く四月の初めから咲きます。落葉低木で葉
 より先に紅紫色の花が咲きます。京都の周辺の山地に多い。中部地方以西・四国・九
 州に分布しますが,関東地方においてはトウゴクミツバツツジが代わります。終戦の
 後周辺の山の木が伐られましたので,林の下にあったこのツツジが日当たりがよくな
 って栄え,大変綺麗でした。近年は高木が育ち,目立たなくなりました。戦前はスト
 ーブの焚付けに用いました。
 
ミツガシワ 洛北の深泥池けミゾロガイケのミツガシワは江戸時代から知られていて,近衛
 予楽院は「三柏」と書いています。ミツガシワは京都が現在より寒かった時代の生き
 残りで,国の天然記念物となっているこの池の水草群落の重要な構成員です。四月下
 旬には大群落が満開となります。白い五裂の小さい花ですが,円錐花序に多数付いて
 真に美しい。昔は宝池タカライケにも少しありましたが今はなく,一方深泥池には昔より多
 くなり過ぎました。元貧栄養の池が富栄養になり過ぎたためです。
 
ヤマブキ ヤマブキは京都付近には,山中の崖や小川に沿って可成り普通にあります。
 四月中頃から五月にかけて,黄金色の花が美しく咲きます。野生の五弁の一重が普通
 ですが,栽培のものは八重が多い。関東地方においても太田道潅の頃から既に栽培さ
 れていました。京都の南,奈良街道に沿った綴喜郡井手の玉川は,奈良時代からヤマ
 ブキの名所となっていました。井堤イデ左大臣橘諸兄モロエが井手に別荘を造り,玉川の
 縁にヤマブキを一面に植えて名所としたと云います。
 
 かはづ鳴く井出の山吹咲きにけり 花のさかりにあはましものを(古今集)
                                  読人しらず
 
シャクナゲ 京都の北山から比良山にかけて,およそ500m以上の渓谷に,四月の末から
 五月の初めにシャクナゲが咲きます。雲ケ畑の岩屋不動(志明院)のシャクナゲは有
 名です。四月二八日〜二九日に山伏の柴灯サイトウ大護摩供,大火渡り行事がありますが,
 この頃が満開です。低木で葉は厚く三,四年も落ちません。花は紅紫色から白色,漏
 斗形で七中裂し,横向きに咲きます。径5p位で大変美しい。本州中部地方以西,四
 国に分布します。
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