20a 京都歳時記[花鳥風月]その一
 
〈三月〉
 
△春雨
 わがせこが衣はるさめ降るごとに 野辺ノベのみどりぞ色まさりける(古今集)紀貫之
 春雨の降るは涙かさくら花 散るを惜しまぬ人しなければ(古今集) 大友黒主
 霜まよふ空にしをれし雁カリガネの 帰るつばさに春雨ぞ降る(新古今集) 藤原定家
 青柳の枝にかかれる春雨を 糸もてぬける玉かとぞ思ふ(新勅撰集) 伊勢
 
△春風
 春風は花のあたりをよきて吹け 心づからや移ろふと見む(古今集) 藤原好風
 花さそふ比良ヒラの山風吹きにけり こぎ行く舟の跡みゆるまで(新古今集)宮内卿
 
△帰雁キガン
 はるがすみ立つを見すてて行く雁は 花なき里に住みやならへる(古今集) 伊勢
 帰る雁いまはの心有明に 月と花との名こそをしけれ(新古今集) 藤原良経
 
△桃の花
 くらぶ山したてる道は三千歳ミチトセに 咲くなる桃の花にぞ有りける 大江匡房
 君がためわが折る花は春とほく 千歳チトセを三度ミタビ折りつつぞ咲く 紀貫之
 
モモ 三月の雛祭には昔からモモの花を生けました。落葉した枝に美しい花が一杯咲い
 て見事です。モモは中国の原産でわが国には大陸から伝来しました。現在では野生化
 していることもあります。京都においては八重咲きの緋桃ヒトウがよく植えてあります。
 一株に白と赤の花の咲く源平桃もあり,中国では二色桃と云います。食用のモモは七
 月から八月に熟し,季節の果物として重要です。伏見城を取り壊してモモ畑としたの
 で「桃山」の地名がありますが,現在は宅地となりました。
 
△柳
 あさみどり糸よりかけて白露を 玉にもぬける春の柳か(古今集) 僧正遍昭
 
シダレヤナギ シダレヤナギは中国中部の原産で,奈良時代にわが国に入り,並木とし
 て用いられ,現在も水辺の街路樹によく植えられています。京都においては三月下旬
 に開花します。雌雄異株で,多くは雄株なので種子が出来ず,雌株の種子に付く綿毛
 である柳絮リュウジョはあまり発生しません。優しく垂れ下がった細い枝の芽から,淡黄
 色の尾状花序が上向きに曲がって咲きます。シダレヤナギは京都市の選んだ三木の一
 つです。六角堂に縁りのロッカクヤナギもあります。
 
△椿
 音羽山岩根に生ふる玉つばき 散りもくもらでやちよこそへめ 読人知らず
 ちぎりてもとしのをながき玉椿 陰カゲに八千代のかずぞこもれる 順徳院
 
ツバキ 三月から四月にかけてツバキが咲きます。山や薮にあるのは一重のヤブツバキ
 で,庭には素晴らしく美しい園芸品種があります。ツバキはわが国の原産で,室町時
 代から多くの品種が創られました。長命の木で,京都には古い優れた品種が古木で残
 っています。チリツバキの椿寺のものは枯れましたが,柊野ヒイラギノには市の天然記念
 物となっている大木があります。クマガイやジッコウ(カラコ)などの古木が生きて
 います。19世紀以来世界的な花木となり,外人が見に来ます。
 
△芹
 人なみに水田のこぜりつむ程は おもはぬ袖のぬれにけるかな 源師光
 こひぬまも水田のあぜにひくせりの ねにあらはれて袖ぬらしけり 藤原為家
 
△春の夜(春宵)
 山の端に月待空の匂ふより 花にそむくる春の燈(玉葉集) 藤原定家
 
△蕨
 岩そそぐたるひの上の早蕨サワラビの もえ出づる春になりにけるかな 志貴皇子
 炭がまの煙になるる小野山は 春のわらびもまづやをるらん 藤原俊成
 
アセビ 三月に小さい白い壷のような花を沢山連ねて咲きます。葉は濃緑色ですから一
 際目立ちます。円山公園に可成りありますので誰でも知っていますが,京都周辺の山
 路に野生しています。アシビとも云い,足しびれから転じた名と云われます。葉にア
 セボトキシンと云う毒があり,この葉を煎じて殺虫に用います。このように有毒です
 ので動物に食われないでよく育ちます。奈良公園にアセビもシカが食べませんので多
 く残っています。前年の秋から花穂が春を待っています。
 
ネコヤナギ 三月になりますと山麓の小川の淵にネコヤナギの尾状ビジョウ花序が膨らみ
 ます。小さい花には花弁がなく,苞が花を支えます。苞に毛が密生しますので,それ
 らが多数集まってネコの尾のようになります。雌雄異株の落葉低木でわが国には普通
 に野生し,よく生け花にも用いられます。花は蜜を出すので昆虫が寄って来ます。雌
 株の果実が熟すと二つに裂け,中から綿毛に包まれた種子が出て,綿毛は膨らんで柳
 絮リュウジョとなります。湿気の多いわが国においては,種子が地に落ちますと地にへば
 り付いて舞い上がりません。
 
ジンチョウゲ 三月にはジンチョウゲの花が咲きます。常緑の低木で,枝の先に葉に囲
 まれて分厚い四弁の花が寄り集まっており,其処から素晴らしい香が漂います。昔中
 国江西コウセイ省の廬山において,尼が岩の下で昼寝をしていました。現ウツツに良い香りが
 しますので目を醒まし,近くを探してこの木を見付けました。目出度いとして瑞香と
 名付けたと云う伝説があります。わが国においては400年程前から栽培しています。普
 通種子が出来ませんので,枝を挿して殖やします。
 
ハンナリ そろそろ梅の季節です。「開き初めたる早咲梅のはんなりと」(落葉集)。
 ハンナリは「花にあり」「花なり」「はんなり」と変わって来ました。この花こそ梅
 です。早咲き梅の匂いと静かな明るさを備え持った言葉です。「この着物,ハンナリ
 した色合どすなー」と云いますと,着物の色彩や柄などだけを云うのではなく,それ
 を着ている女性の肌の色,仕草,言葉遣いなどと相俟って,ハンナリと云う言葉が生
 まれます。京都の人だけが肌で感じる言葉です。
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