13c 手本歌/現代
柳原白蓮
踏絵もてためさるる日の来しごとも歌反故ウタホゴいだき立てる火の前
山川登美子
髪ながき少女とうまれ白百合に額は伏せつつものをこそ思へ
をみなにて又も来む世ぞ生まれまし花もなつかし月もなつかし
わが柩まもる人なく行く野辺のさびしさ見えつ霞たなびく
わが死なむ日にも斯く降れ京の山しら雪たかし黒谷の塔
与謝野晶子
その子二十ハタチ櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
やは肌のあつき血汐にふれて見でさびしからずや道を説く君
今ここにかへりみすればわがなさけ闇をおそれぬめしひに似たり
鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな
何となく君に待たるるここちしてい出でし花野の夕月夜かな
髪五尺ときなば水にやはらかき少女ヲトメごころは秘めて放たじ
血ぞもゆるかさむひと夜の夢のやど春を行く人神おとしめな
臙脂色エンジイロは誰にかたらむ血のゆらぎ春のおもひのさかりの命
細きわがうなじにあまる御手ミテのべてささへたまへな帰る夜の神
やは肌のあつき血汐チシホにふれも見でさびしからずや道を説く君
ゆく水のざれ言きかす神の笑まひ御歯ミハあざやかに花の夜あけぬ
くろ髪の千すぢの髪のみだれ髪かつおもひみだれおもひみだるる
たまはりしうす紫の名なし草うすきゆかりを嘆きつつ死なむ
君がある西の方よりしみじみと憐れむごとく夕日さす時
夜の帳トバリにささめき尽きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ
清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みな美しき
御相ミサウいとどしたしみやすきなつかしき若葉木立コダチの中の盧遮那仏ルシャナブツ
絵日傘をかなたの岸の草になげわたる小川よ春の水ぬるき
ほととぎす嵯峨サガへは一里京へ三里水の清瀧キヨタキ夜の明けやすき
春三月ミツキ柱ヂおかぬ琴に音たてぬふれしそぞろの宵の乱れ髪
春ゆふべそぼふる雨の大原や花に狐の睡ネムる寂光院
海恋し潮シホの遠鳴トホナりかぞへては少女ヲトメとなりし父母チチハハの家イヘ
金色コンジキのちひさき鳥のかたちして銀杏イテフちるなり夕日の岡に
遠つあふみ大河ながるる國なかば菜の花さきぬ富士をあなたに
夏のかぜ山よりきたり三百の枚の若馬耳ふかれけり
君がある西の方よりしみじみと憐アハれむごとく夕日さす時
与謝野鉄幹
母蟹の腹より首の小チサき蟹匍ひ出づる如新しくあれ
われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝもだえの子
詩集手に豆の葉ならす人ふたり紀伊の霞は和泉より濃き
待つといはば母に具されし大寺の春の夕座もすべり出でまし
あたたかき飯イヒに目刺メザシの魚ウヲ添へし親子六人ムタリの夕がれひかな
吉井勇
君は憂ウしその夜はやくもくちづけを怖るるごとく震へたまひぬ
夕みぞれ都のなかの放浪につかれたる子が酒おもふ時
わが胸の鼓ツヅミのひびきとうたらりとうとうたらり酔へば楽しき
かにかくに祇園は恋し寝るときも枕の下を水のながるる
君にちかふ阿蘇のけむりの絶ゆるとも万葉集の歌ほろぶとも
君がため瀟湘湖南セウシャウコナンの少女ヲトメらはわれと遊ばずなりけるかな
女紅場ジョコウバの堤灯あかきかなしみか賀茂川の水あをき愁か
やみあがり吉弥がひとり河岸カシに出て河原蓬を見入るあはれさ
先斗町ボントチョウのあそびの家の灯のうつる水なつかしや一人歩めば
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