11b 手本歌/古代
 
 《古今集》
 
紀貫之キノツラユキ
 あす知らぬ我身と思へど暮れぬまのけふは人こそかなしかりけり
 
 霞たちこのめも春の雪ふれば花なき里も花ぞ散りける
 
 袖ひぢて結びし水の氷れるを春たつけふの風やとくらむ
 
 吉野川きしの山吹くかぜにそこのかげさへうつろひにけり
 
 ほととぎす人まつ山になくなればわれうちつけにこひまさりけり
 
 秋のきくにほふかぎりはかざしてん花よりさきとしらぬわが身を
 
 梅のかのふりをける雪にまがひせばたれかことごとわきておらまし
 
 春日野の若菜つみにや白たへの袖ふりはへて人の行くらむ
 
紀友則トモノリ
 ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
 
 きみならで誰にかみせん梅の花いろをもかをもしる人ぞしる
 
 秋風にはつかりがねぞきこゆなるたが玉づさをかけて来つらん
 
 秋風は身をわけてしも吹かなくに人の心の空になるらむ
 
僧正遍昭
 あまつ風雲の通ひぢ吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ
 
 みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ
 
 世をそむくこけの衣はただひとへかさねばうとしいざふたりねん
 
小野小町
 いはのうへに旅寝をすればいとさむしこけのころもをわれにかさなん
 
 うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをよくと見るがわびしき
 
 かぎりなきおもひのままに夜もこむ夢ぢをさへに人はとがめじ
 
 ゆめぢにはあしもやすめずかよへどもうつつにひとめみしごとはあらず
 
 花のいろはうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
 
 いとせめて恋しきときはぬば玉の夜の衣をかへしてぞ寝む
 
 わびぬれば身をうきくさの根をたへてさそふ水あらばいなんとぞ思ふ
 
 あはれてふ事こそうたて世の中をおもひはなれぬほだしなりけり
 
藤原敏行朝臣
 秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
 
素性法師
 みわたせば柳桜をこきまぜてみやこぞ春の錦なりける
 
詠人不知
 あはれてふことだになくばなにをかは恋のみだれのつかねをにせん
 
 しのぶればくるしきものを人しれず思ふてふことたれにかたらむ
 
 わがやどの池の藤波さきにけり山ほととぎすいつか来なかむ
 
 さつきまつ花橘のかをかげば昔の人の袖の香ぞする
 
 わがせこが衣のすそを吹きかへしうらめづらしき秋のはつかぜ
 
 大空の月の光し清ければかげみし水ぞまづ氷りける
 
凡河内躬恒
 夏と秋とゆきかふ空の通ひ路はかたへ涼しき風や吹くらむ
 
文屋康秀
 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ
 
在原業平
 おいぬればさらぬわかれもありといへばいよいよみまくほしき君かな 業平の母
 
 世の中にさらぬ別れのなくもがなちよもとなげく人のこのため
 
 つひにゆく道とはかねてききしかど昨日今日とは思はざりしを
 
伊勢
 冬がれの野辺とわが身をおもひせばもえても春をまたましものを
 
 人しれずたえなましかばわびつつもなき名ぞとだにいはましものを
 
 年を経て花のかがみとなる水は散りかかるにやくもるといふらん
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