11a 手本歌/古代
 
狭野茅上娘子サノチカミノオトメ
 あしひきの山路越えむとする君を心に持ちて安けくもなし
 
 君が行く道ミチの長路ナガテを繰クり畳タタね焼き亡ぼさむ天アメの火もがも
 
 帰りける人来キタれりといひしかばほとほと死にき君かと思オモひて
 
中臣宅守ナカトミノタクモリ
 過所なしに関飛び越ゆるほととぎす多我子マネクワガコ爾毛ニモ止まず通はむ
 
 今日もかも京ミヤコなりせば見まくほり西の御厩ミマヤの外トに立てらまし
 
 心なき鳥にぞありけるほととぎす物思モふ時に鳴くべきものか
 
坂上郎女サカノウエンイラツメ
 酒杯サカヅキに梅の花浮べ思ふどち飲みての後は散りぬともよし
 
 官ツカサにも許し給へり今夜コヨヒのみ飲まむ酒かも散りこすなゆめ
 
 珠主に珠は授けてかつがつも枕とわれはいざ二人宿ネむ
 
 来コむといふも来コぬ時あるを来コじといふを来コむとは待たじ来コじといふものを
 
三方沙弥ミカタノサミ
 たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻入カキれつらむか
 
 人はみな今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも
 
園生羽ソノノイクハの女ムスメ
 たちばなのかげふむ路ミチの八ヤちまたに物をぞ思ふ妹にあはずて
 
大伯皇女オオクノヒメミコ
 わが背子セコを大和へ遣ヤるとさ夜ふけて暁アカトキ露にわが立ちぬれし
 
 二人行けど行き過ぎがたき秋山をいかに君がひとり越ゆらむ
 
 神風カムカゼの伊勢の国にもあらましをいかにか来キけむ君もあらなくに
 
 見まく欲ホりわがする君もあらなくにいかにか来けむ馬疲るるに
 
 うつそみの人なる吾ワレや明日よりは二上山フタガミヤマを兄弟イロセとわが見む
 
高橋虫麻呂ムシマロ
 勝鹿カツシカの真間ママの井を見れば立ち平ナラし水汲ましけむ手児奈し思ほゆ
 
 葦原の菟原処女ウナヒヲトメの奥津城オクツキを往き来と見れば哭のみし泣かゆ
 
山上憶良
 天アマざかるひなにいつとせ住スマひつつ都の手ぶり忘らえにけり
 
 世間ヨノナカを憂ウしとやさしさと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
 
 術スベも無く苦しくあれば出で走り去イななと思へば児らに障サヤりぬ
 
 倭文手纏シツタマキ数にもあらぬ身にはあれど千年にもがと思ほゆるかも
 
 憶良らは今は罷マカらむ子泣くらむそれ彼ソの母も吾ワを待つらむぞ
 
 銀シロガネも金クガネも玉も何せむにまされる宝子に如シかめやも
 
大伴旅人
 この代にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にもあれは成りなむ
 
 験シルシなき物を思モはずは一杯ヒトツキの濁れる酒を飲むべくあるらし
 
 世のなかの遊びの道にすずしきは酔泣ヱヒナキするにあるべくあるらし
 
 生けるものつひにも死ぬるものにあれば今ある間ホドは楽しくをあらな
 
 わが園に梅の花散るひさかたの天アメより雪の流れ来るかも
 
常陸娘子
 庭に立つ麻手アサデ刈り干ホし布ヌノさらす東女アヅマヲミナを忘れたまふな
 
 住吉スミノエの小田ヲダを刈らす子奴ヤッコかも無き奴あれど妹が御為に私田ワタクシダ刈る
 
 新室ニヒムロの壁草カベクサ刈りにいまし給はね草のごと依り合ふをとめは君がまにまに
 
吹黄刀自フブキノトジ
 河上に湯津磐村ユツイハムラに草むさず常にもがもな常処女トコヲトメにて
 
高市黒人
 旅にして物恋コホしきに山下の赤アケのそほ船沖にこぐ見ゆ
 
 桜田へ鶴タヅ鳴きわたる年魚市潟アユチガタ潮干シホヒにけらし鶴タヅ鳴きわたる
 
 妹イモも我も一つなれかも三河なる二見の道ゆ別れかねつる
 
長奥麻呂ナガノオクマロ
 引馬野ヒクマノに匂ふ榛原ハリハラ入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに
 
 苦しくもふりくる雨か三輪の崎狭野のわたりに家をあらなくに
 
 駒とめて袖うち拂ふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ
 
防人サキモリ
 み空行く雲も使と人はいへど家づと遣らむたづき知らずも
 
 わが行ユキの息イキ衝ツくしかば足柄アシガラの峯延ハほ雲を見せと偲シノはね
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