0401e 昭和天皇御製2
 
 昭和五十七年
 
 「橋」
*ふじのみね雲間に見えて富士川の 橋わたる今の時の間惜しも
 
 さんしゅゆの花を見ながら公魚ワカサギと 菜の花漬を昼にたうべぬ
 
 わが庭のひとつばたごを見つつ思ふ 海のかなたの対馬の春を
 
 わが庭のそぞろありきも楽しからず わざはひ多き今の世を思へば
 
 八月ハヅキなる嵐はやみて夏の夜の 空に望月のかがやきにけり
 
 「日御碕にて」
 秋の果の碕ミサキの浜のみやしろに をろがみ祈る世のたひらぎを
 
 「行徳野鳥観察舎にて」
 秋ふくる行徳の海をみわたせば すずがもはむれて渚にいこふ
 
 「八丈島にて」
 暖かき八丈島の道ゆけば 西山そびゆふじの姿して
 
 住む人の幸いのりつつ三宅島の ゆたけき自然に見入りけるかな
 
 昭和五十八年
 
 「島」
*凪ぎわたる朝明アサケの海のかなたには ほのぼのかすむ伊豆の大島
 
 「気多神社の森」
 斧入らぬみやしろの森めづらかに からたちばなの生ふるを見たり
 
 「埼玉県の旅行 行田の足袋を思ふ」
 足袋はきて葉山の磯を調べたる むかしおもへばなつかしくして
 
 「那須にて」
 夏山のゆふくるる庭に白浜の きすげの花は涼しげにさく
 
 「同じく(那須にて)」
 秋くれどあつさはきびし生業ナリハヒの 人のよろこびきけばうれしも
 
 「同じく(那須にて)」
 ボーイスカウトのキャンプに加はりしときの話 浩宮よりききしことあり
 
 「上州の秋 二首のうち一首」
 そびえたる三つの遠山みえにけり かみつけの秋の野は晴れわたる
 
 「須崎の冬」
 冬空の月の光は冴えわたり あまねくてれり伊豆の海原
 
 「木俣修逝く」
 義宮に歌合せなどを教へくれし 君をおもへばかなしみつきず
 
 昭和五十九年
 
 「緑」
*潮ひきし須崎の浜の岩の面オモ みどりにしげるうすばあをのり
 
 「赤坂東宮御所にゆきて」
 桜の花さきさかる庭に東宮らと そぞろにゆけばたのしかりけり
 
 「ロサンゼルスオリンピック」
 外国トツクニびととををしくきそふ若人の 心はうれし勝ちにこだはらず
 
 「那須にて」
 石塀を走り渡れるにほんりすの すがたはいとし夏たけし朝
 
 「鴨川シーワールドにて」
 いと聡きばんどういるかとさかまたの ともにをどるはおもしろきかな
 
 「天鏡閣」
 むそぢ前に泊りし館の思出も ほとほときえぬ秋の日さびし
 
 昭和六十年
 
 「旅」
*遠つおやのしろしめしたる大和路の 歴史をしのびけふも旅ゆく
 
 はるとらのをま白き花の穂にいでて おもしろきかな筑波山の道
 
 「皇居のベニセイヨウサンザシ」
 夏庭に紅(クレナヰ)の花さきたるを イギリスの浩宮も見たるなるべし
 
 「熊本県にて」
 なつかしき雲仙岳と天草の 島はるかなり朝晴れに見つ
 
 「米子市にて」
 あまたなるいか釣り舟の漁火は 夜のうなばらにかがやきて見ゆ
 
 「後水尾天皇を偲びまつりて」
 建物も庭のもみぢもうつくしく 池にかげうつす修学院離宮
 
 「リニアモーターカーに乗りて」
 リニアモーターカーに初めて乗りぬ やや浮きてはやさわからねどここちよきなり
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