0401d 昭和天皇御製2
 
 昭和五十三年
 
 「母」
*母宮のひろひたまへるまてばしひ 焼きていただけり秋のみそのに
 
 春はやく南風ハエふきたてて鳴神の とどろく夜なり雨ふりしきる
 
 「長野県の旅・繊維工業試験場にて」
 コンピューター入れて布地を織りなせる すすみたるわざに心ひかるる
 
 「中央線の車中にて」
 山やまの峯のたえまにはるけくも 富士は見えたり秋晴れの空
 
 「戸隠にて」
 秋ふけて緑すくなき森の中 ゆもとまゆみはあかくみのれり
 
 「高知県植樹祭」
 甫喜ケ峯みどり茂りてわざわひを ふせぐ守りになれとぞ思ふ
 
 昭和五十四年
 
 「丘」
*都井岬の丘のかたへに蘇鉄見ゆ ここは自生地の北限にして
 
 「明治村にて」
 人力車瓦斯燈などをここに見て なつかしみ思ふ明治の御代を
 
 「加江田渓谷にて」
 蘚むせる岩の谷間におひしげる あまたのしだは見つつたのしも
 
 「正倉院」
 遠つおやのいつき給へるかずかずの 正倉院のたからを見たり
 
 「甘橿丘にて」
 丘にたち歌をききつつ遠つおやの しろしめしたる世をししのびぬ
 
 「法隆寺」
 過ぎし日に炎をうけし法隆寺 たちなほれるをけふはきて見ぬ
 
 昭和五十五年
 
 「桜」
*紅クレナイのしだれざくらの大池に かげをうつして春ゆたかなり
 
 「成人式」
 初春におとなとなれる浩宮の たちまさりゆくおひたちいのる
 
 「須崎の春」
 朝風に白波たてりしかすがに 霞の中の伊豆の大島
 
 「明治神宮鎮座六十年にあたり明治天皇を偲びまつりて」
 外つ国の人もたたふるおほみうた いまさらにおもふむそぢのまつりに
 
 「伊勢神宮に参拝して」
 五月晴内外の宮にいのりけり 人びとのさちと世のたひらぎを
 
 「前同 賢島宝生の鼻」
 花の咲くそよごうばめがし生ひ茂り 浜辺の岡はこきみどりなり
 
 「栃木国民体育大会」
 とちの木の生ふる野山に若人は あがたのほまれをになひてきそふ
 
 「上二子山にて」
 岩かげにおほやましもつけ咲きにほふ ところどころのももいろの花
 
 「箒川のほとり滝岡にて」
 小雨ふる那須野が原を流れゆく 小川にすめるみやこたなごは
 
 昭和五十六年
 
 「音」
*伊豆の海のどかなりけり貝をとる 海人の磯笛の音のきこえて
 
 「春一番」
 南風ハエつよく雨もはげしき春のあらし ことしはおくれてやうやくきにけり
 
 須崎より帰りきにけるわが庭に はなあやめ咲けり梅雨寒のけふ
 
 「桃華楽堂にて沖縄の民謡と舞踊を見る」
 沖縄の昔の手ぶり子供らは しらべにあはせたくみにをどる
 
 「神戸ポートアイランド」
 めづらかにコンピューターにて動きゆく 電車に乗りぬここちよきかな
 
 伊香保山森の岩間に茂りたる しらねわらびのみどり目にしむ
 
 「大佛殿」
 いくたびか禍マガをうけたる大佛も たちなほりたり皆のさちとなれ
 
 「那須にて」
 野分の風ふきあれくるひ高原の 谷間のみちはとざされにけり
 
 「警視庁新館を見て」
 新しき館を見つつ警察の 世をまもるためのいたつきを思ふ
 
 「出光佐三逝く」
 国のためひとよつらぬき尽くしたる きみまた去りぬさびしと思ふ
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