第三段 スパルタ国王メネラウス帝宮殿前の場 開場と共にヘレナはトロイ女子の捕虜より成る合唱隊を率いて入り来る、それで此の 美人の云う処によれば、彼の女は今君主と共に上陸したばかりで、王は先ず彼の女を 帰らしめ、御自身は続いて後より帰来せらるべき筈である、彼の女は凡ての物を犠牲と なすべく準備せんが為めに帰来したのである、で今将に宮殿に入ろうとする時、図らず も一個の幽霊に出会した、それはフォルキァスと云う巨大なる老婆である、老婆は へレナの行動に就て口を極めて非難を加えると、附随(つきそい)の宮女等は口を揃え て老婆を攻撃する、互に聞苦しいばかりの論戦をやったが、揚句(あげく)の果(はて) に宮女等は老婆の為めに追払われる、この有様を目撃したヘレナは思わず恐怖の念に 打たれる、処で老婆フォルキァスは、準備せられつゝある凡ての犠牲の代りにヘレナ 一人を以てするこそ最も適当であろうと云い、ヘレナの運命に就て種々説明した結果、 女王へレナは其の意見に同意するの止む無きに至り、終に隣那なる未開国へ遁走する こととなった、此の時雲靆靉(たなび)きて、光景一変し、中世紀の風雅なる建物多く 建ち並びたる一都会となる、ヘレナは此処に足を止めて、此の国の主権者たるファウスト と相会する、そこへ居った守衛のリンセウスは詩を吟じつゝ何れへか外ずして了う、 斯くしてファウストとヘレナは漸次交情が密になって来て、互に恋慕う様になった、 斯かる処へフォルキァスからの注進があり、メネラウス王は全軍を挙げて、こゝへ 押寄せ来るという、そこでファウストは之れに出で合わんが為めに出陣する、必然次 なる舞台は戦場ならんと思いきや、意外にもアルカジャの勝地で、緑色濃き叢と、青葉 茂れる林との間を、互に手に手を取合って逍遥しつゝあるのは、云う迄も無く ファウストとヘレナである、彼等は少時人目を避けて此処に哀別の情を悉して居るので、 彼等の睦言は聞取れぬが、フォルキァスのコーラスは快活に謡うて居る、其の歌の調子 に連れて現われ出でたのはユウフォリオンと呼ぶ愛の神に似た青年で、此の青年が コーラス中の若き一婦人の傍へ来てちょいと其の袖を引く、若き美人は蕭然(しとやか) に且つ愛らしく挨拶して、高く空中に飛び、岸壁に倚りて遥かに戦場を眺めつゝ物語る、 ユウフォリオンも亦同じく地を蹴って飛び、狼烟の如く突進して美人を追う、其の後に は光の尾を引き、地上には琴と衣服とが残されてある。 此の時へレナはファウストに別を告げた、而して最後の接吻をなす可く彼の腕に縋り ついたが、此の時遅しヘレナの肉体は既に消失して、ファウストは空しく彼の女の 覆面巾と胴衣とを抱いて居った、が忽ちにして其の覆面巾と胴衣とは、雲と変じて ファウストの周囲に纏い付き、彼を空中高く引上げ、何れへか運び去って了った。 フォルキァスはユウフォリオンの残した衣服と琴とを拾い上げて、柱の傍に座を 占めた、コーラスの長が「冥府に行かまほし」と謡えば、第一隊は之れに応じて 「樹霊として止まらんことを希う」と唱い、第二隊は「”やまびこ”として残らまほし」 と和し、第三隊は「河霊とならんことを希ふ」と云い、第四隊は「葡萄園の内に生活 したし」と述べる。かくて幕は落ちて閉場となる。 |
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