第四場 宮廷庭園の場 美わしき庭園、宮中の紳士淑女集い居る処へ帝王入らせるゝ、やがてファウストを 御前に召されて、仮装会の計画に対する労を慰(ねぎら)い、其の成功を称え、併せて 彼が如き英士を得たる悦びの情を洩らし給う、斯かる対話が未だ終らざる内、宮内大臣、 元帥、大蔵大臣などの面々登場、急遽謁を請い、突如時局難の一掃せられたことを奏上 する、乃ち紙幣発行なる一種の便法が案出されたこと、地中の宝鉱採掘の暁には直に 現金に引換え得る旨を帝王の御名によって宣明したことなどを詳細に申上げる、帝王 御機嫌斜ならず、試に「若し此の富の分与を得たらんには如何するか」との問を発せら るゝと、大宮人等の答えは、先ず「楽んで余命を送る」と云う者と「恋人に宝石の鎖や 指環などを買い与える」と云うもの、次で「美酒を得たし」と云う人と、「甘き ソーセージを食したし」と云う人、或は「かねて質入れしたる抵当物を回復したし」 と云い、或は単に蓄財の増加するを喜ぶなど、種々(さまざま)なるが中に、独り例の 侏儒は意味不明な暗示的の語を口走りたる後、単に「地主となりたき」旨の希望を述べ、 さて一同退場。 此の場は社会風儀の敗壊と共に、人々富を得るの念急なる有様を示し、且つ其の富を 得るに従って高尚な思想と行為とは影を隠し、怠情と放逸とが跋扈するに至ることを 示したのである、国民の労力と熟練とに依て得たる富は、国家をして益々鞏固 ならしむるのであるが、法律的の方法で、遣繰算段して得たる富は反って国民の勢力を 殺ぎ、国家を危からしむるに至ると云うのである。(これ第四段の伏線と見る可きで あろう) 第五場 暗き画室 ファウストはメフィストと共に暗き画室に歩み入る、こゝでファウストは帝王の面前 にヘレナとパリスとを出現せしめて、自己が神秘界に於ける実力を示し、嘗て帝王に 対して話した事を事実に証明したいという希望を述べ、如何にせば此の奇術を遂行し 得るか、如何にせば古人を実在の如く出現せしめ得るかという、其の方法をメフィスト に相談し、且つ之れを案出せよと迫る、メフィストは此の相談に与かることを好まぬと 見えて、強て避ける風であったが、ファウスト熱望の勢に敵しかねて、遂に案を呈せ ざるを得なくなった、それでメフィストは自己と多神教の神々との関係が甚だ疎遠で あることを告白し、「其の神々は地獄の内でも最も要害の地に割拠して居るので、自分 が直接には如何とも為し難いが、敢て策が皆無という訳でも無い」と云う、で此の目的 を遂行するには、ファウストは先ず太母(ジー、ムッテル)と名付けられた二三の女神 を煩わす必要がある、これ等の女神は霊界深く隠れて、容易に尋ね求むることは出来 ないのであるが、太母を尋ぬるに必要な鍵はメフィストが提供するということになった、 ファウストは太母の名を聞て思わず戦慄したのであるが、併し之に従うの外に途が無い ので、彼は勇を鼓して決心した。 太母なる文字に就ては、学者の説は区々であるが、太古希臘のペラスジ種族の女神中 デメター及パーセホンなどを指したものだそうだ、ゲーテが此の文字をブルターク伝 から取ったことは、其の告白に依て明かである、蓋し太母の区は之を真理の府と見る 可く、依て以て物質の根源と理性との交差点を見出さんと欲するゲーテの思想を現 わして居る。 第六場 燈光爛燦たる大広間 眩ゆきばかり燈光燦爛として装飾美を尽したる宮殿の大広間、帝王并に王族の出場 あるは勿論、宮人、紳士、淑女等集い居る中に、メフィストは得意の奇術を弄して、 列座の称讃を博しつゝある、先ず彼は一人の美女を捉えて雀斑(そばかす)を除き、 次で跛行して居る気の毒な一美女の足を治療し、又一美人に靨(えくぼ)をつけた、 斯くして様々なことをして見せて居る。 第七場 宮城、諸侯の間 室内燈火薄暗くして朦朧たる中に、帝王は宮人、諸侯等を従えて出御ある、此の日は ファウストがかねて約束の奇術を天覧に供する日なので、帝王は諸臣と共に彼の出仕を 待たせらるゝ、折しもファウストは舞台前部より突然出現する、彼はし司祭者の如く 装いて手に三脚器を持て居る。かくてファウストは神女太母の助力と、メフィストから 与えられた霊鍵とに依て、先ず最初にパリスを出現せしめ、次でヘレナを現わし列座 の一同をして嘆称せしめる、で暫時の間は事大に円滑に進行した、宇内の美を一身に 集めたヘレナとパリス、その恋々たる有様は観る人の心を盪(とら)かすに足る、やがて パリスはヘレナの傍に寄添い、艶(なまめ)かしき素振りで卑猥に過ぎた挙動をすると、 それを見たファウストは嫉妬の念堪え難く、怒気満面に溢るゝに至った、此の時忽然 として、轟然たる爆声天空に起り、神霊は気化して昇天し、ファウストは震動の為めに 人事不省となって打倒れ、僅かにメフィストに抱かれて退場する、室内は黒暗々として 満場騒然。 此の場及前場は、上流社会の極端なる虚栄的軽浮の傾向と、ファウストの純理想的 熱誠との対比衝突を述べたのである。 |
[次へ進んで下さい] | [バック] | [前画面へ戻る] |