第一段 第一場 心地よき長閑なる田舎の場 気候温和にして心地よき長閑な田舎、ファウストは百花爛漫たる芳草裡に横臥して 居る、既に疲労の極に達して居る彼は、熟睡を貪らんと欲して眠り得ず、輾転反側、 まんじりともせず一夜を明かしたという態。東天漸く曙光あり、美わしき 小妖精等彼の周囲を飛翔して彼を魅せんとし、アリエル先ず歌えば、アオリヤ琴の音 もて之に和し、他の小妖等はコーラスを形成する、此の時静かに起上ったファウスト は、将に昇らんとする旭光を拝して胸裡の万感を吐露する、此の処有名な美文である。 第二場 帝王宮廷の場 栄光ある戴冠式をめで度終了せられて、今しも羅馬から帰国せられた若き日耳曼 (ゲルマン)帝王は、宰相を始め高位高官の面々出仕し居る大広間へ出御せられ、 その盛装のまゝ玉座に就かれたが、やがて謙譲の態度で宣わく「朕が親愛なる各位が、 遠近の嫌なく出仕ありし段満足である、……占星家は見ゆるが、侏儒は如何致したな」、 帝の召し給う侏儒は生憎二日酔で引籠って居る、此の時機を逸せず陛下の御前へ進み 出でたのは例のメフィストで、彼は特有の奇智を弄して一個の謎を奉った、斯くして 自ら侏儒たるの資格あることを示したので直ちに侏儒として御採用に預かり、諮問会議 の一員となり了した。 さて各大臣高官等は交々立って時局の困難を奏上した、乃ち大法官は法律が無視されて 居ることを慨き、将軍は軍隊が不規律にして不従順なることを憤り、宮内大臣は省費が 膨大に過ぐるを訴え、大蔵大臣は国庫の空虚なること及びそれが延て総ての時局難を 惹起す因であることを詳述した、具さに聞かれた帝王は、少時沈思せられた後、苦がい 御顔を侏儒即ちメフィストの方に向けられ「其の方は不平が無いと見えるな」と宣わせ られたに対するメフィストの答えは風刺的で「金銀宝石を鏤めた、眩ゆい計りの宮廷内 で左様な聞苦しい泣言は大に不似合である、いや、それ計りでは無い、信じ難い」と いうのであった、之れを聞いた大宮人等は大に色を作し、侏儒を非難するの声は殿上に 充ち、「帝王の寵を濫用すな」と叫ぶ者もあったが、メフィストは敢て臆せず、御前に 進んで一策を献じた、其の献策は、「目下の時局難を救済する唯一の方法は、地下に 埋もれたる宝を掘出すにあり、勿論之を掘出すことは、我が帝王の権利であるから、 刻(とき)を移さず直ちに着手することが出来るのである」と云うのであった、 これには列座(なみい)る大官連何れも賛成であったが、独り大法官のみは、宗教上の 記録、暗示等に一致せぬという理由の下に不賛成を唱えた、が併し帝王は就中大賛成で、 其の帝王の剣と笏とを放棄して自ら採鉱の事に従わうという程にまで大乗気であった、 やがて占星家は御召によって参内した、それは此の新計画の幸先(さいさき)を祝する 為め、且つは新計画に対する過度の熱中を緩和せしむる為め、又近づいて居る カーニバル大祭の準備を急がしむる為めであった、かくて帝王は起って、前途の祝福に 就て衆を励ましたる後奥殿深く入御せらるゝ、勇ましく響く喇叭の音の止む頃には列座 の面々も残らず退場し、後には一人メフィストが残って、例の得意の皮肉な冷語を独語 しつゝ、此の場は終局となる。「凶と吉とが繋ぎ合せになって居る連鎖(くさり)は一風 変って面白い、併しこいつは馬鹿には出来ない芸当だ、憚りながら乃公が居なけりゃ 闇(やみ)だろう、フム、あの手合(てあい)に何が出来るものか、仙丹を持ちながら 之を哲人に求めるという連中だもの」。 |
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