述懐(巻頭)
ツォィグヌングは「献本詞」と訳するのが当然であるが、訳者はそれを「述懐」と
したのは、一に其の意に拠ったのである、詩聖ゲーテが始めて「ファウスト」に筆を
染めたのは、其の二十歳前後と云うのであるが、確かに何年に起稿したかは判明せぬ、
一般には千七百六十九年から千七百七十三年迄の間のことゝ想像されて居る、だが
其の後引続き筆を執ったのでは無く、一時放棄されてあったのだが千七百九十七年、
彼が彼の大詩人シルラーと交誼を結ぶに到って、更に再び熱心に書き始めたという
ことである。ツォィグヌングは乃ち此の時に作られたので、全体の意が、主として青年
時代旧友のことに情を寄せたものであるから、名は献本詞でも其の内容は述懐である、
それで之れはゲーテ全集中最も優秀なるものとして知られて居るのであるそうな。 舞台の序話(一頁) 之は「ファウスト物語」には別段何等の関係が無いのであるが、作劇詩人と座主と 滑稽子との三人物を列ねて、詩聖ゲーテが自己が劇に就ての抱負 − 気炎を吐いた ので、其の形式は印度の戯曲「サコンタラ姫」に模したものである、各本何れも此の 一章を巻頭に掲げてあるから、訳者も其の例に倣ったのである。 天上の序言(一三頁) 之は「ファウスト劇」の発端で、其の全編の骨子を示したものである。在天の神と 悪魔との問答は、実に奇抜なもので、ゲーテの詩想が如何に雄大であるかを窺い知る に足るのであるが、其の形式や内容は、旧約全書の約百記から、脱化したものである ことは、詩聖の自白に依て明かである、夫れで本章に描出された悪魔の性格及其の任務 は、全くゲーテの創作に係り、「ファウスト物語」中には見受けざる思想であるのだ、 メフィストフェレスとは、「光を好まぬ」の意義で、勿論悪魔には相違無いが、其の 任務は人間に危害を加えるのでは無く、刺激剤となって人間を督励するというのである。 |
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