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ファウストとメフィストフェレスは山から帰途野路を辿る。 ファウスト えゝ、悲哀も極まり、望も絶えて、見る影もなく大地に打伏して居ることだろう、 此の世に生れて何一つ楽みもなく、遂に囚人となり果てたのか、あの可憐な不幸な娘が、 罪人となって牢獄に幽閉せられ、恐ろしい苛責を受けて居るのか、えゝ、こうなる迄 此の俺に隠して居たのだな、悪むべき悪魔め、其方（きさま）はよくも友を売ったな、 さあ、立って乃公の相手になれ、悪魔特有の眼を怒らし、猛悪な面相をして俺に反抗 して来い、えゝ、せめて捕縛せられぬ中で有ったら、何うにか仕様があったものを、 悪魔に弄ばれた挙句、無情な判官に委かされるとは、実に治すべからざる不幸でない か、其れを知らずに居るからと云うて、あんな無趣味極まる見世物で俺を誑かし、 彼女の災難は一言も云わぬのみか、誰一人助けるものもなく、滅亡に放棄して置くとは、 実に悪むべき奴だ。 メフィスト そんな事は、彼の女に始まった事じゃない。 ファウスト 此の畜生、怪獣め。 在天の大神よ、願わくは此の賎夫を再び犬の姿に還らせ給え、此奴は犬の形となって 夜毎に我が歩行を遮りました、又旅人の足先へ転がり付いてじゃれる様に見せ かけて、旅人が躓くと、直ぐ肩に喰いかゝるのを楽みとして居りました、どうぞ砂の 中で我が前に腹匐いする彼奴の得意の姿に変ぜしめ給え、此の脚を上げて思う存分に 蹂躙ってやります。 えゝ、「彼女が最初でない」とか、言語道断な、多くの人が斯かる悲惨な運命に 沈んだとあれば、話を聞いただけでも堪らなくなるのが人情だぞ、 − 初めて罪を 犯した者が、大悲大慈の神の前で、死以上の苦悶を以てしても、犯罪の全部を購うこと が叶わなんだと聞くだけでも、哀れを催すのが人情だぞ、俺は只だ一人の不幸でも骨を 刻み命を断たれる様に思うのに、其方は幾万人の破滅を見て冷笑し去るのだな。 メフィスト さあ、此処がどんづまりで進退谷ったら智恵も出ぬ、こうなると人間は逆上 して仕舞うから駄目だ、貴君は思込んだ事を貫き得ぬ位ならなぜ僕等の仲間入をした のです、眩暈（めまい）がする位の我慢が出来ないで、高く飛べると思うのですか、 一体此の交わりは僕の方から求めたのであったか、貴君が強いたのか、考えて御覧 なさい。 ファウスト 業突張（こうつくばり）め、牙を露出（むきだ）して軋らせるない、貴様の面は癪に 触るわ。 あゝ、偉大にして光栄ある神霊よ、悉なくも主は嘗つて我れに現われ給えり、主は 我が精神を知り給う、何故に不幸を楽み破壊を悦ぶ此の破廉恥漢を我れに結び付け 給いしや。 メフィスト 祈祷は其れで御仕舞ですかね、 ファウスト 彼女（あれ）を救い出せ、否（いや）なら未来永久祟る恐ろしい呪を振りかけるぞ。 メフィスト いくら僕でも、罪を罪する神の戒は解けはしない、又神が鎖した閂が開けられものか、 「女を救い出せ」とか、よくも云えました、口の減らぬにも程がある、零落の淵に沈めた のは誰です、僕ですか、貴君ですか。 ファウスト狂人の如く四辺（あたり）を見廻す。 貴君は雷を掴んで投出さんず御権幕ですが、失礼ながら人間の痩腕では、其はちと 覚束無いね、自暴自棄腹（やけっぱら）の暴君が用ゆる手だが、罪の無い相手を無理 往生させる位が関の山でしょう。 ファウスト さあ案内しろ、マーガレットを助けるんだから。 メフィスト 然かし、今行けば係蹄（わな）へ飛込む様なものですぜ、貴君が手ずから流した血の 跡は、今尚お鮮かだと云う事を御承知でしょう、復讎（ふくしゅう）の幽霊は殺戮の 場処を彷徨（うろつ）いて、下手人の帰るのを待ち構えて居ります。 ファウスト 云わして置けば出放題、貴様は殺戮の親玉のくせに、何んでもいゝから俺を牢獄 （ろうや）へ案出して娘を救い出せ。 メフィスト そんなら御連れ申そう、だが御聞きなさい、僕は天地間の有らゆる権能を持って 居ると云うわけじゃ無いのですから、宜しいか、僕の役目は獄吏の耳目を眩ます だけですぞ、鍵を奪って女を救出す段は、人間でなければ出来ぬ事故、其れは貴君が するのですよ、張番（はりばん）は僕がしましょう、さあ、役割が定ったら霊馬を 用意してでかけましょう、之れ以上は僕には出来ない。 ファウスト よし、行こう。 |
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