GLN町井正路訳「ファウスト」

第二十一場 ワルプルギスの夜

 ファウストは若く美しい妖女を相手にして踊る。
 
ファウスト  私は此の間美しい夢を見たよ、林檎の樹があってね、見事なぴかぴかの林檎が二つ枝 にぶるさがって、私を誘惑して居ると云うわけさ、それから直ぐ登ったよ。
 
美しい妖女  大層林檎が、御好でいらっしゃいますね、楽園で召上がったんですか、妾の園のも 熟してよ、嬉しいわね。
 
 メフィストフェレスは年取った妖女を相手にして踊る。
 
メフィスト  俺は此間荒凉(すご)い夢を見たよ……。
 
年増の妖女  妾は最上の敬礼を馬脚様に捧げます……。
 
譏評家  此の騒擾(さわぎ)はまるで百姓一揆の様だね、此奴等は一体何をして居るのだろう、 妖怪には足が無いと云うのが学者の定説じゃないか、然るに何だ、此奴等は人間と同様 に、しかも活発に舞踏をやって居るとは、実に合点がゆかぬ。
 
美しい妖女  あの人はあんな事を云う位なら、此処へ来ぬがましですね、貴郎(あなた)。
 
ファウスト  ほんとだね、併し彼等の出しゃばらぬ処はないだろう、舞踏を批評するのが彼奴の 仕事だと云うよりも、彼奴の評を受けぬのは舞踏の中へは入らぬと云う位なのさ、 彼奴は前進するのを非常に嫌って、唯だ旧式な搗臼の様にぐるぐる廻って居れば誉める のだ、特に前以て彼奴に相談すれば大恐悦だろう。
 
譏評家  妖怪は未だ出現して居るのか、若し消えぬとすれば前代未聞だ、智識が進歩して世の 中が明るくなったと云うけれども、妖怪が説明できぬ間は駄目だな、テゲルに妖怪が 出没するのが、人間の聡明でない証拠なんだ、吾輩は人間界から此の迷を去ってやろう と思って努力したが、未だ成功せぬ、妖怪の消えぬのは全く了解できぬわい。
 
美しい妖女  いつまでもあんな事を云うて居るのだろう、ほんとに五月蝿(うるさ)いね。
 
譏評家  吾輩は妖怪諸君の面前で告白するが、精神の圧迫は余の忍ぶ能わざることです。
 
 妖婆は尚お舞踏を継続して居る。
 
 今夜は少しも要領を得なかった、併し旅装も整って居るから御暇(いとま)すると 致そう、然し吾輩は最後の歩みを墓所に運ぶ前に、必ず悪魔と詩人とを征服して見せる ぞよ。

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