GLN町井正路訳「ファウスト」

第二十一場 ワルプルギスの夜

妖婆  (合唱)
 切株既に黄変し穀禾(くさ)未だ緑なり、
 山嶽さして進み行く、
 妖婆の群集幾何ぞ、
 ウリアン侯は早や既に、
 頂の座に坐を占めぬ、
 岩や枝をば踏み越えて、
 妖婆の乗れる牡(おす)の山羊、
 放つ臭気の堪え難や。
 

 ボーボ夫人の御入ぞや、
 従者(とも)も従えず只だ一人、
 肥えたる牝豚に跨りて。
 
妖婆  (合唱)
 名誉の強敵名も高き、
 ボーボ夫人は先駆なり、
 続くは妖婆の群集(ひとむれ)よ、
 夫人の豚の麗わしさ、
 開けよ路を、開けみち、
 

 何けの路より来りしか、
 

 イルゼンスタインを越えて来つ、
 途上(みちすがら)覗き見ぬ梟の巣、
 忘れもやらず、眼の恐(こわ)さ、
 

 南無三(なむさん)、獄道め、
 疾走なすは何故ぞ。
 

 過ぎ行くおりに磨し去りぬ、
 触れたる個所は傷となり。
 
妖婆  (合唱)
 道路(みち)長くして且つ広けれど、
 此の雑沓は何事ぞ、
 肉叉は衝き、掃箒は掻く、
 小児は窒息し母は泣けり。
 
妖魔  (合唱)(半数)
 忍び忍んで今此処に、
 家を背負える蝸牛のごと、
 婦人の群は早や行きぬ、
 悪魔の家に向う時、
 婦人は千歩前にあり。
 
妖魔  (残る半数)
 果して然るか疑問なり、
 千歩は愚か万歩でも、
 男子は之を飛び越えん。
 
 (上方)
 フェルゼンジーより来れる者は、
 吾等と共に進めかし。
 
 (下方)
 御とも致すは妾の望み、
 五体を洗い清めしが、
 何とて小児が授からぬ、
 
妖魔  (全数)
  悲哀を帯びたる月は消え、
 風静まりて星現(い)でぬ。
 魔軍の唱歌いや響き、
 火花を散らして犇(ひしめ)ける。
 
 (下方)
 しばし待たれよ、今しばし、
 
 (上方)
 岩の罅(すき)から誰ぞ呼ぶ。
 
 (下方)
 兄等とともに行かまほし、
 三百年間急(あ)せれども、
 悲しや未だ昇り得ず、
 同輩は既に達せしに。
 
妖魔  (合唱)(全数)
 掃箒も枝も肉叉も、
 将た又牡山羊も乗せ走る、
 今宵登り得ぬ者は、
 遂に機会を失わん、
 
半妖婆  (下方)
 取るものも取り敢えず家を出て、
 休む間もなく歩行(あゆみ)を続く、
 来りて見れば早や既に、
 人の早(はや)きに驚愕(たまげ)ける。
 
妖婆  (合唱)
 妖婆は膏薬を得て勇みたつ、
 襤褸( ぼろ )は以て帆とすべく、
 水桶は以て船とすべし、
 今宵飛ばざるものは、
 遂に機会を失わん。
 
妖魔  (合唱)(全数)
 吾等山巓(さんてん)を巡る時、
 汝等大地に下り行き、
 野面の広さ限りなく、
 妖婆の群にて覆えかし。
 
 魔軍下向す。

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