妖婆
(合唱) 切株既に黄変し穀禾(くさ)未だ緑なり、 山嶽さして進み行く、 妖婆の群集幾何ぞ、 ウリアン侯は早や既に、 頂の座に坐を占めぬ、 岩や枝をば踏み越えて、 妖婆の乗れる牡(おす)の山羊、 放つ臭気の堪え難や。 声 ボーボ夫人の御入ぞや、 従者(とも)も従えず只だ一人、 肥えたる牝豚に跨りて。 妖婆 (合唱) 名誉の強敵名も高き、 ボーボ夫人は先駆なり、 続くは妖婆の群集(ひとむれ)よ、 夫人の豚の麗わしさ、 開けよ路を、開けみち、 声 何けの路より来りしか、 声 イルゼンスタインを越えて来つ、 途上(みちすがら)覗き見ぬ梟の巣、 忘れもやらず、眼の恐(こわ)さ、 声 南無三(なむさん)、獄道め、 疾走なすは何故ぞ。 声 過ぎ行くおりに磨し去りぬ、 触れたる個所は傷となり。 妖婆 (合唱) 道路(みち)長くして且つ広けれど、 此の雑沓は何事ぞ、 肉叉は衝き、掃箒は掻く、 小児は窒息し母は泣けり。 妖魔 (合唱)(半数) 忍び忍んで今此処に、 家を背負える蝸牛のごと、 婦人の群は早や行きぬ、 悪魔の家に向う時、 婦人は千歩前にあり。 妖魔 (残る半数) 果して然るか疑問なり、 千歩は愚か万歩でも、 男子は之を飛び越えん。 声 (上方) フェルゼンジーより来れる者は、 吾等と共に進めかし。 声 (下方) 御とも致すは妾の望み、 五体を洗い清めしが、 何とて小児が授からぬ、 妖魔 (全数) 悲哀を帯びたる月は消え、 風静まりて星現(い)でぬ。 魔軍の唱歌いや響き、 火花を散らして犇(ひしめ)ける。 声 (下方) しばし待たれよ、今しばし、 声 (上方) 岩の罅(すき)から誰ぞ呼ぶ。 声 (下方) 兄等とともに行かまほし、 三百年間急(あ)せれども、 悲しや未だ昇り得ず、 同輩は既に達せしに。 妖魔 (合唱)(全数) 掃箒も枝も肉叉も、 将た又牡山羊も乗せ走る、 今宵登り得ぬ者は、 遂に機会を失わん、 半妖婆 (下方) 取るものも取り敢えず家を出て、 休む間もなく歩行(あゆみ)を続く、 来りて見れば早や既に、 人の早(はや)きに驚愕(たまげ)ける。 妖婆 (合唱) 妖婆は膏薬を得て勇みたつ、 襤褸( ぼろ )は以て帆とすべく、 水桶は以て船とすべし、 今宵飛ばざるものは、 遂に機会を失わん。 妖魔 (合唱)(全数) 吾等山巓(さんてん)を巡る時、 汝等大地に下り行き、 野面の広さ限りなく、 妖婆の群にて覆えかし。 魔軍下向す。 |
[次へ進んで下さい] | [バック] | [前画面へ戻る] |