GLN町井正路訳「ファウスト」

第二十一場 ワルプルギスの夜

メフィスト
 群りては衝き合い、沙々轆々たり、
 嘯(うそぶ)きては旋転し、相談じつゝ馳せ廻る、
 燦爛として相閃めき、燻(くすぼ)り且つ燃ゆる、
 あゝ真に妖怪の天地だなあ、しかし僕に粘着(くっつい)て離れなさるな、油断する と飛ばされます、もし貴君は何処に居るのですか。
 
ファウスト  此処だ。  (遠方から云う)
 
メフィスト  何、もうそんな遠方に連れ出されたのですか、僕は家長の権力を賑わざるを得ない、 退け、フォランド侯の御いでだぞ、退け、君等路を塞いじゃいかん。
 
 さあ、博士。僕に御捉(つかま)りなさい、一跳で此の魔群を脱しましょう、流石 (さすが)の僕も此の狂乱には少々中(あ)てられた、少し向うに異様な光を放つもの が見えるが、僕は其の籔の方へ行って見たいのです、参りましょう、僕等は其処に 滑り込もうじゃありませんか。
 
ファウスト  貴様は矛盾した妖精だね、しかし行こう、案内し給え、今日は大々的成功だよ、僕等 は自ら好んで此のブロッケンの深山にワルプルギスの夜を味う為に来たのだから。
 
メフィスト  あの雑然たる火炎はどうです、和気靄然たる図体の大集会です、一つとして孤立して 居るものはありません。
 
ファウスト  でも俺は上に往きたいのだ、火炎だの、渦まく煙は見飽きたよ、群衆は魔王を拝む 為めに滔々として彼方に押し寄せて居るから、彼処へ行けば多くの謎は解かれるに 相違ない。
 
メフィスト  そうして多くの謎はまた結ばれるのです、魔軍には飽く迄も其の特色を発揮させて 僕等は静粛に此処で観察しましょう、大団結の中に小団結のできるのは古から御掟 (おきま)りです、やあ彼処に若々として然も裸体の妖女が見えますぜ、ふむ、 年をとったのは感心に肌を隠して居るな、まあ後生だから機嫌好くして居てください、 他事は預りにして大に遊びましょうや、楽器の音も聞えますぜ、極めて乱雑で調子外れ の様ですが、慣れると又別段です、行きましょう、さあ行きましょう、今更外に仕様が ないのですから、僕が先立して貴君を御紹介します、そうして、よさそうなのを取持ち ましょう、何を哄々(ぐずぐず)云うて居るのです、まあ此の際涯のない広漠たる荒野 を御覧なさい、無数の火は列をなして燃えて居ります、踊って居るのもあれば、 喋べくって居るのもある、料理して居る奴もあれば、飲み歩いて居る奴もある、懸想 して居る奴もある、こんな面白い処はあるものですか。
 
ファウスト  奴等の仲間入をする時に、僕は何と名告(なの)る積りなんだ、鬼になるのか、又 魔になるのか。
 
メフィスト  実際僕は微行ばかりして居るのですが、祝賀の日には堂々と徽章を示すのも宜いです が、今日は生憎襪紐(くつしたひも)の章を持て来なかったが、併し、最高の名誉章 たる馬脚は持参して居ります、貴君は其処に蝸牛を御覧なさるでしょう、段々此方 (こっち)へ匍って来ます、彼奴めあの鋭敏な触角で、もう俺が此処に居ると云う事を 悟ったらしい、こう云う風ですから、仮令(たとい)隠した所で隠しをおおせはしませ ん、貴君が若檀那で私は引立役、さあ火から火へとこう御出下さい。
 
 将に消え去らんとする余燼を取巻いて居る一団の所へ来て。
 
 老紳士諸君、皆さんはこんな隅(すみっこ)で何をして居るのです、喧鬧(けんとう) の中で若い連中と打雑って愉快に遊ぼうじゃありませんか、孤独は家に居る時だけで 十分でしょう。
 
将軍  国民の為めに大に尽したから必ず慕われるだろうと思うたら大間違だ、衆民と云う ものは婦女子と同じで、若い者ばかり可愛がるからね。
 
前の大臣  今は蒼生邪路に彷徨して、正義を捨つと云う時世だよ、こうなると益々古昔聖賢の 美徳が慕わしくなるね、して見ると僕等が政権を左右した頃が黄金時代かな。
 
成上者(なりあがりもの)  僕は確かに愚物ではなかった、而して時々は不相応な仕事を為遂げたが、然し今と なっては万事が顛倒して、もう引締めようとしても駄目になった。
 
著述家  今じゃ極(ごく)平易に書いた本でも、善い物は読者皆無と云うのだから呆れたね、 青年ときたら生意気で礼儀のないこと、恐らくは今が頂上だろう。
 
No.13余燼を取巻く一団

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