GLN町井正路訳「ファウスト」

第二十一場 ワルプルギスの夜

メフィスト  僕の裳裾を確(しっか)り御掴みなさい、僕は遂に中央の峯に達しました、此処から マンモン神が暗い深淵に輝くのがよく見えます。
 
ファウスト  ほんに不思議だね、暁の様な紅い陰気な光が山中の峻路に閃き、断崕の奥底にも震動 して居る、此処らは蒸発気が起ち昇り、彼処には雲気が浮んで居る、此処には雲と霧 から火花が輝き、時に細き糸の様に匍うかと見れば、急に再び泉の如くに爆発して、 全路に流れ出し、恰かも火の川の様に見える、彼処の隅には、不意に四分五裂し、撒き 散らされた金砂の様に散って居る、見給え岩石の壁は悉く火焔に燃えて居るではないか。
 
メフィスト  マンモン神は、此の大祭に殿堂を美装せぬわけにはゆきますまい、貴君が此の景況を 御覧になる事のできたのは幸でした、いや祭の噪がしい御客が続々近づいて来ますぜ。
 
ファウスト  ひどい暴風が吹き出したね、之はたまらない、頸をえらく吹きつける。
 
メフィスト  貴君は岩石の老骨に掴まらぬと、先仭の淵に吹き飛ばされて了います、あゝ霧が濛々 として夜は益々暗くなってきた、御聞きなさい、常緑木(ときわぎ)の宮殿の柱が 裂ける響、梟の驚いて飛びまわる音、枝のすれ合う響、ヒュウヒュウ鳴る声、幹の唸り、 樹の根が土をあげて軋しむ響、凡ての樹木は恐ろしい錯雑の状を呈して互に倒れ重なり、 風は破片断砕に蔽われた岩間を咆哮(ほうこう)して居る、貴君はあの叫声を御聞きで すか、遠くにも近くにも暴れ廻る妖婆の歌は全山に響き渡って居ります。
 
No.12妖怪の天地

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