鬼火
御見受け申すに、閣下は確に魔王様でいらせられましょう、私は出来得る限り謹んで
貴命に従いまするが、一つ御考を願いたい事は、今日此山は魔狂致して居りまするので、
若し鬼火が御案内するとしますれば、不確(ふたしか)なものであると云う事を御承知
願いたいのです。 ファウストとメフィストフェレスと、鬼火の三人は替る替る、声を 引立てゝ山を登る。 夢と迷の世の中に、 我等ぞ今や入りにける、 さらば急ぎて導けよ、 広く寂しく荒れし地に。 飛ぶが如くに森は過ぎ、 箭を射るごとく樹々は飛ぶ、 屈める岩、伸びたる崖、 如何に鼾き、如何に気吹(いぶ)くぞや、 巌石を越えて芝生過ぎ、 大川小川流れ行く、 涓々淙々の声に聞け、 愛の哀しき声に聞け、 希望と愛に充ちたりし、 楽しき昔の声に聞け、 古き昔の歌のごと、 往古(むかし)の声音(こわね)聞ゆなる。 ウフー、チェウー、さては鳥の声、 鴟梟(しきょう)、五位鷺(ごいさぎ)、産婦鳥(うぶめどり)、 吾等の周囲に飛び交うは、 未だ寝ねざるか、不思議なり、 目覚めたりとも見えやらず、 藪を過ぎしは、サラマンダー。 脹れし腹をいや肥やし、 岩と砂地の間より、 現われ出でしは何者ぞ、 不思議極まる輪を出し、 追いかけ来れば、 各々魂消し、ふと見れば、 大蛇に似たる樹の根なり、 此方には又大株の、 いとも醜き形して、 ポリプの如き触角を、 旅人さして差向けぬ。 蘚苔叢地の別ちなく、 あなたこなたに群りて、 百千の色ある小鼠は、 とびつ狂いつ遊びけり。 大空隙なく光れども、 行方定めず飛び廻り、 明暗交互に見えぬるは、 正しき蛍に相違なし。 各々しばし待ち給え、 吾等は今尚ほ登りてか、 将た又登りつめたるか。 もの皆旋転はてしなく、 樹木岩石容姿なし、 鬼火は長く糸のごと、 且つ殖え且つ拡がりぬ。 |
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