ハルツ山脈シルケ及びエレンド地方。 ファウストはメフィストフェレスの案内にて山路を攀じ登る。 メフィスト 御労れでしょう、箒の柄に乗りませんか、僕は巌丈な牡山羊にしよう、僕等の目的地は 未だ茲処から随分あるのだから。 ファウスト 僕の足がぴんぴんして居る間は此の節のある杖で充分だ、道を切り詰める必要はない、 谷間々々の迷路に沿うて歩み、沸々として泉の湧き出る岩を攀じ登る興味は、こんな 山路に始めて得らるゝものだ、春は既に樺の若芽に動き、松の常緑木にも及んで居る ではないか、僕等の体もどうして春の感化を受けずに居られよう。 メフィスト 僕は実際春を感じない、僕の体には木枯(こがらし)が吹荒れて居る、僕は寧ろ 雪霜を欲するのです、紅い片破月が物悲しげに現れ出たのは有難いが、薄明るいから 一歩毎に岩角や樹の根に衝き当らずには歩けはしない、僕は貴君の許しを得て鬼火を呼び ましょう、御覧なさい、向うに一つの楽しそうに焚えているのが見えます、オイ兄貴、 一緒に行ってくれないか、なぜそんな遠方(とおく)で無益(むだ)に燃えてい居る んだ、こっちへ来て僕らを照らしてくれ。 鬼火 閣下、私は謹んで貴命を奉じたいと思いますが、困る事には吾々の進路は誠に不正 で、うねうねして居ますので。 メフィスト はゝはゝ、貴様は人間の似(まね)をしようとして居るな、僕は魔王の名を以て命 ずる、なに構うものか、真直に進め、云う通りにせんと貴様の蹌踉火(よろよろび)を 消して仕舞うぞ。 |
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