マーガレットの家の前、街頭に一人の軍人顕わる、軍人はマーガレット
の兄ヴァレンチンなり。 ヴァレンチン 酒の席ではえて自慢話が出るものだ、一人が始めると又一人得意になって好きな女を 讃める、讃辞が肴で盃が廻る、我輩は卓に臂を置き、悠然たる態度で聞くばかりだ、 やがて自慢話も一順済むと、次は我輩、微笑の中に髭鬚をひねって波々たる盃を取り あげ、「いや、皆さんの御説は一々御尤もだが、併し僕の妹マーガレットと肩を並べる 美人は、国中にまたとあるか、優るとも劣らぬと云う女性があるなら聞かしてくれ」 とやっつける、例に依て飲む、カチン、カチンと盃は廻る、すると口々に、「其の通り、 マーガレットは女の真珠だよ」と叫ぶ、之で自慢話も一段落を告げるのさ、然るに今は 何んだ、あゝ、頭の髪を掻き毟って壁に釘打けしてしまいたい、外へ出ると、猫からも 杓子からも嘲弄毒罵の声を聞かねばならず、家(うち)に居ると破産者の如(よう)に、 一寸の響にも冷汗を流さねばならぬのだ、一撃の下に奴等を懲らすのは容易だが、奴等 を虚言家と云う事は出来ぬわい。 誰かやって来たぜ、孤鼠々々やって来るのは何者だろう、見損(みそこな)いでなけりゃ、二人連れ の様だな、うむ、奴であったら用捨はせぬ、活かして此場は通さぬぞ。 ファウストは、メフィストフェレスと共に登場。 ファウスト 彼方(かなた)の教会堂の窓から、常燈明の光が輝き初めた、あたりは段々黄昏がれて、暗黒は 次第に増してくる、此の有様は我が胸中にさも似たりだな。 メフィスト 僕は望火梯(ひのみはしご)を掻昇り、壁牆に沿うて忍び入る牝猫の如(よう)に、 がつがつして居るが、併し盗みの愉快と、多少の淫欲とを持て居るから、内心 大に旺盛です、兎に角、ワルプルギスの大祭が廻って来たかと思うと、嬉しさが五体に 染み渡る様だ、待ちに待ったる明後日、何人も喜んで其の一夜を明かすでしょう。 ファウスト 其夜は宝の在処(ありか)を知らせると云う、”けいけい”とした焔を認める事が できるだろうね。 メフィスト 貴君は間もなく釜の蓋を開(あけ)ることができます、此の前僕がその中を一瞥した 時は、ライオンダラーが煌々(きらきら)して居ました。 ファウスト 意中の人を飾る様な宝玉や、指輪なかったかね。 メフィスト 真珠の頸飾の如なものも見えましたよ。 ファウスト それは有難い、御土産なしで帰るのは辛いからな。 メフィスト 貴君は無報酬で快楽を享けるのを其様に心配せぬがよいでしょう、さてすっかり霽れ た、星は燦爛として輝いて居る、一つ傑作でも歌おうか、先ず真面目な歌で、乙女を上 手に釣出して御覧に入れましょう。 メフィストは得意な軽い調子で胡弓に合せて歌う。 カザリンよ、汝(なれ)はしも、 朝まだき恋人の門口に、 何をなしつゝあるなるか。 やめよ、心せよ、 招に応えて入りぬれば、 処女となってはよも出でじ。 なす事了らば疾(と)く寝ねよ、 あわれなる娘子よ、 もしも其身をいといなば、 いかに楽しき誓いにも、 いかに嬉しき言葉にも、 心許すな恋人に、 指輪の指を飾るまで。 |
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