GLN町井正路訳「ファウスト」

第十九場 夜、街頭

 ヴァレンチンは堪まり兼ねて躍り出る。
 
ヴァレンチン  やい、其方(きさま)は誰を誘惑して居るのだ、畜生め、鼠捕め、其の楽器をこうし てやるぞ、サア今度は貴様の番だ。
 
メフィスト 胡弓を滅茶々々に毀したな、こうなっちゃ仕方がない。
 
ヴァレンチン  髑髏(しゃれこうべ)を叩割(たゝきわ)るぞ。
 
 ファウスト刀を抜き軍人めがけて撃込む、メフィストフェレスは ファウストを励まして。
 
メフィスト  退(ひ)くまいぞ博士、確(しっか)り、こっちへ寄って僕の云う通りに、そら、 一太刀撃込んだ、敵手のは僕がうけ止める。
 
ヴァレンチン  さあ、うけて見ろ。
 
メフィスト  何を小癪(こしゃく)な。
 
ヴァレンチン  さあどうだ。
 
メフィスト  大丈夫。
 
ヴァレンチン  其方は悪魔だ、こりゃ不思議だ、手が利かなくなったわい。
 
 隙を窺ってメフィストはファウストを励まし。
 
メフィスト  衝き込みなさい。
 
ヴァレンチン  あゝ、残念。
 
 ヴァレンチン大地に伏し倒れる。
 
メフィスト  馬鹿者め、片付いたな、さあ逃げましょう、大分喧噪(やかま)しくなって来たから、 消えて仕舞うのが一番だ、査公(さこう)はどうにでもなるが裁判と云う奴が面倒だか らね。

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