マーガレットはファウストの腕に靠(もた)れ、マルタは
メフィストフェレスと一緒に彼方此方を逍遥して居る。 マーガレット 貴君は大層優しくして下さいますが、無理から謙遜遊ばしてお揶揄(からかい)にな るのでしょう、旅の恥は掻きすてとやら申しますが、旅人の寛大なのはあてにはなりま せんよ、とう考えましても、妾の話しが貴郎の様な御経験ある御方の御気に叶うわけが 有りませんもの。 ファウスト 貴女の一目、貴女の一語は、世の最上の智慧を得たよりも嬉しく感じます。 ファウストはマーガレットの手に接吻する。 マーガレット まあ勿体ない、御口が穢れます、なぜそんな事をなされます、妾の手は此の通りあれて 居ります、御母さんが厳しう御座いますので、何事(なんで)も一人でせなけりゃなり ませんから。 二人は過ぎ行く。 マルタ して貴郎は、いつでも斯様な風に旅行していらっしゃるのですか。 メフィスト はい、商売と職務との為めに始終旅行せねばなりません、面白い処でも永く留まる事 は出来ず、是迄方々で酷(つら)い思いをして別れました。 マルタ 世界中をぐるぐる歴廻(へめぐ)って歩くのも、血気の壮んな若い時代には誠に結構 でしょうけれど、老後独身の境遇で、墓に行かねばならぬと云う不愉快な時が廻って来 ますよ、それはあまり誉めた話しじゃありませんからね。 メフィスト 左様さ、行先の事を思うと悚然(ぞっ)としますよ。 マルタ ですから貴郎、今のうちに御考えなさい。 二人は行き過ぐ。 |
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