GLN町井正路訳「ファウスト」

第十一場 市街

 ファウストとメフィストフェレス登場
 
ファウスト  事件の進行はどんな塩梅か、聞かしてくれ、うまく行きそうかね。
 
メフィスト  いやはや案外手間どれたので、貴君の苛立(いらだ)つのを見るのが辛くてなりませ ん、然しもう成功しました、今晩隣家(となり)のマルタの処で、あの娘に会うことが できます、マルタと云う後家は周旋屋には至極適任です。
 
ファウスト  其れは旨いな。
 
メフィスト  併し、それには条件が付いて居ります。
 
ファウスト  其れは理の然らしむる所で、止むを得ぬじゃないか。
 
メフィスト  条件と云うた所で、別に大した事ではありませんが、あの女の亭主の屍がパドアの 聖地に葬られて居ると云う事を、貴君と私と二人で証明してやれば其れでよいのです。
 
ファウスト  それでよいのか。占めたぞ、では実況を調査(とりしらべ)に行こうではないか。
 
メフィスト  それは馬鹿正直と云うものです、態々(わざわざ)行くには及びません、只だ口で 一言云う丈で沢山です。
 
ファウスト  さう旨くは行くまい、直ぐ化(ばけ)の皮が剥げたら何うする。
 
メフィスト  いや、先生は聖人君子です、でも貴君が虚偽の証言をするのは今回が初めてですか、 貴君は神や世界や、其他凡て生あるもの及び人間や、人間の思想感情の製作物に関して、 大胆に鉄面皮にも、確信したらしく定義を下しませんでしたか、事物の真相を洞察する 事の出来る貴君ですもの、シュウエルトライン氏の生死位は確に知って居ると自白せざる を得んでしょう。
 
ファウスト  君は不相変詭弁家だね、いや虚言家だね。
 
メフィスト  よく考えると之が詭弁でも、虚言でも無い事が了解(わか)ります、明日(あした) 御覧なさい、貴君だってえらそうな風をして小娘を篭絡し、心にもない誓を 口走る様になりますから。
 
ファウスト  決して偽りなどは云わぬ。
 
メフィスト  如何にも立派な御言葉です、では定めし渝(かわ)る事なき真の愛と、岩をも貫く 思いの程を告げらるゝ事でしょう、然し其れも真に心底から出たか否(いな)かは不明 ですが。
 
ファウスト  よし、そんならね、最高度に熱して居る、僕の目下の意識の状態に適切な名を付けて 見せよう、宇内に有らん限りの文字を穿鑿して迄も、此様な烈火に相当する永遠不滅の 名を付けずには置かぬ、そうすれば君の所謂虚言にあらざる事が解るよ。
 
メフィスト  私は誤って居らぬ積りです。
 
ファウスト  まあ待てくれ、此の上僕の肺を労らして呉れ給うな、もう喋べるのはいやになった、 然し何人に限らず、正しからん事を欲して舌を二様に使用せなんだなら、必ず目的を 達するよ、今日は僕が負けて置こう、疲れて論戦を継続する勇気が無いから。

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