マーガレット
(手にランプを持って)
変に蒸暑くて陰鬱(うっとう)しい、(窓を開け放して)
戸外(そと)はそんなに厚くも無いのに、何だか妾は怖くなって来たよ。御母(かあ)
さん早く帰って呉れゝばよいが、おや、肩から水を浴びる様にぞくぞくする、ほんと
に妾は馬鹿な、気の小さい女だこと、
衣服(きもの)を脱ぎ代えながら歌う。
ツーレの王の物語、
死すとも変らぬ貞節は、
いまわのきわに献げける、
黄金の杯に込められぬ。
宝の上の宝とし、
宴(うたげ)の度にきこしめす、
杯に触れては思い出で、
まぶた霑い涙落つ。
此世にいとま告げんとき、
市のかずかず残りなく、
世嗣の王子にゆずりしが、
盃のみは惜みてき。
海に向える大城の、
いと古びたる高堂に、
あまたの将士招かれつ、
おほん名残のみさかもり。
老王立ちて最後の御酒(みき)を、
力を込めて飲み乾しぬ、
やがて盃なげ給う、
見下す波の潮の中。
落ちつ沈みつ底深く、
はやくも見えずなりぬれば、
眠るが如くみまかりて、
王もなければ盃も亦。
マーガレットは衣服を片附けんとて戸棚を開けると、
見慣れぬ小匣のあるを見出す。
とうして此の奇麗な箱が此処にあるのでしょう、妾は戸棚を厳重に鎖めて置いたのに、
実に不思議よ、這入って居るのは何だろう、誰か質に入れて御母さんが金を貸しなさっ
たのかしら、おや、紐のついて居る鍵が掛けてある、一寸開けてみましょう、
(箱を開き見る)
まあ何でしょう、驚いた、まだ拝んだ事もないわ、まあ之は一組の宝石です、貴婦人が
晴の場所で飾ってもよいものよ、此の鎖は妾に似合いましょうか、こんな宝は一体誰の
ものでしょう。
彼女は宝石を取て身に飾り、鏡の前に歩み出す。
せめて此の耳環だけでも妾のもので有ったらよかろうに、人は装飾(かざり)を付ける
と引立つものです、若くて美しいだけではだめよ、美しいのは結構ですが、装飾が無く
ては顧みて呉れやしません、よしんば讃められる事があるにしても、其れは半ば憐れむ
と云う意味でしょう、やっぱり此の世は黄金(かね)だわね、あゝ、あゝ、貧乏じゃ
仕様がない。
|