GLN町井正路訳「ファウスト」

第六場 魔女の厨房

 メフィストフェレスはファウストを無理に輪の中に入れる。
 
魔女  (語気を強めて其書の呪文を唱え読む。)
 汝須らく知るべし、
 一より十を作り、
 二を捨て、
 三を均しくせよ、
 然らば汝は富まん、
 四は切り捨てよ、
 五と六より、
 七と八とを作れ、
 かく魔女は云う、
 然らばそは成れり、
 而して九は一、
 十は零なり、
 これ魔女の九々なり。
 
ファウスト  婆さんは熱に浮かされて居るのじゃないか。
 
メフィスト  いや此の先がまだ沢山あるのです、此の本は全体が皆この調子です、私は之を読むの に長時間を費しました、と云うのは明白な矛盾は、賢者にも愚者にも斉しく不思議で あるからです、先生、此の算術は古い様でもそう古くは無いのです、三と一、即ち 三位一体の説に依て真理を伝える代り、誤謬を拡めるのが流行でした、こんな工合に、 人々は喋々説き廻り、絶え間なく子弟に教えて居るのだが、誰れがこんな痴漢に関係 するものですか、人間は元来只だ言葉丈を聞くと、其の中には何か意味がなければな らぬと信ずる様に慣れきっているから、誤解に陥るのです。
 
魔女  (呪文を唱え続ける)
 偉大なる哲理の力は、
 隠れて見えずなりぬれば、
 知る人としては絶えてなし、
 求めざれども我れ得たり、
 思を焦すこそ益なけれ、
 求めざればこそ得たるなれ。
 
ファウスト  婆め、実に馬鹿気た傲語を吐いて居る、僕の頭は破裂しそうだ、百万の馬鹿者が声を 合せて呶鳴って居る様に聞える。
 
メフィスト  大儀大儀、えらい占卜女だ、さあ飲物を上げてくれ、波々と注いでくれ、もう飲んで も友人に障る様な事はあるまい、それに此の御方は名ある飲手の一人で、是迄随分色々 な飲料を試みられたのだから。
 
 魔女はそれぞれ儀式を以て杯に注ぐ。
 ファウスト之を飲もうとして杯を上げると、軽い焔燃え出る。
 
 元気よくやり給え、さあ直ぐやり給え、直ぐに心地が愉快になります、貴君は悪魔と 親友の間柄ではありませんか、それに火を恐れると云う事はないでしょう。

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