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メフィスト
僅か一時間のうちに、貴君が単調無味に送る一年より遥か面白く遊ばしてあげ
ましょう、優美な妖精が唱う歌、其の現わす美しい現象は、妖術的偽りの物でない、
貴君は実際に沈香を嗅ぎ美味を味い、恍惚たる心持になります、はい、別に準備は要り
ません、妖精共は皆集って居りますから、さあ、始めるとしましょう。 妖精達 ぬばた玉の闇消え失せて、 ほゝ笑み出でよ、青き空、 黒雲遠く融け去りて、 優しく照せ、小さき星、 天つ御子等が美わしの、 衣を風に吹き飄えて、 無限の希望懐きつゝ、 野面森蔭飛び行けば、 あれ、其の蔭に恋人が、 永久(とわ)の命を契るなり、 葉蔭も茂き葡萄草、 蔓もたわゝに房結び、 落る雫は甘酒の、 泉となりてさやさやと、 珠の沙(いさご)に咽びつゝ、 流れ下りて緑濃き、 小山をあとに末遠く、 大海原に流れ行く、 流れはやがて漲りて、 森の平地を浸すなり、 天つ御子等は喜びて、 あるは日に輝ける島に降り、 あるは牧場に下り立ちて、 合唱(うたう)もあれば舞うもあり、 小山に登り湖(うみ)に入り、 さやけき空に戯れつ、 大空遠く限りなき、 生命の方に愛らしき、 小星の方に幸多き、 神の宮居に飛び去りぬ。 メフィスト 眠って了ったな、軽妙優美な我が僮魔の手柄だ、あの流暢な唱歌は大に有効だった、 多謝多謝、渠はまだ悪魔を抑えて置く様な人間では無い、よし魔の夢で渠を包み、 迷想の海へ投り込んでやろう、但し此の敷居にある神符を除くには、鼠の歯が必要だ、 なに、鼠を呼び出すのに呪文などは要らぬ、早や俺の声を聴きつけて一匹が音をして 居る。 鼠、廿日鼠、蝿、蛙、床虫、虱(しらみ)の主人たる俺は其方等(きさまら)に命ずる、 疾く出て、敷居を噛め、渠が絵具で書いた紙符を噛み破れ、おや跳で来たな、直ぐ 始めよ、俺を邪魔するのは棚の前の一画だ、今一噛み、それで宜しい、では ファウスト、次回(こんど)会う迄眠って居ろ。 メフィストフェレス立去り、ファウスト覚醒(めざ)む。 ファウスト やあ俺は又欺されたのか、妖精共は早や消え失せたな、悪魔の出現は夢だつたか、 尨はもうみえぬ様だなあ。 |
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