GLN町井正路訳「ファウスト」

「ファウスト」解題

 ファウストは独り書斎に静坐し、「自然の秘密を知悉するは、何(ど)うしても 地獄を見なければならぬ、地獄を見ようとするには悪魔を呼出さねばならぬ、 悪魔を呼出すには魔術の力に依るの外は無い」、と云い終るや否や、空中から 二種の声が聞こえる、其の右から聞こえたのは最高音で、神学の声で、左から 聞こえたのは低音で悪魔の声である、時に三人の学生が魔術の書を持て来る、で ファウストは人を退け魔術の書を繙きて悪魔を呼出すと、猿猴(えんこう)に 類する者数人現れ出ずる、ファウストは其の中からメフィストフェレスを 選び出して遂に例の契約を結ぶ、一年を三百六十五日とし、二十四年間の契約 であるが、併し一日を十二時間とした。夫れから後ファウストはメフィストの 通力を借りてパルマ公の宮殿に赴き、そこで猶太(ユダヤ)史中の諸豪傑 ソロモン、シェバの女王、ゴリアス及ダヴィッドなどと会見し、それが了ると 契約の内の二十年間経過したので、彼は後悔の念を起し、心の平和を失い悒々(おうおう) として楽まずである、時にメフィストはトロイの佳人へレナの姿を現わしてファウスト を誘惑する、誘惑された彼はヘレナの艶姿に迷い、メフィストに向って、「斯かる 美人を得たならば我が幸福は之に過ぐるものは無い、願わくば我が恋を成就 せしめてくれ」と頼む、幸にして彼の希望は直に承認された、処がヘレナは蛇と 化してファウストの腕に巻付いたので、彼は大に驚いたが、其の間に早や契約最終 の日が来たとの宣告を受けた、実際二十四年間を経過したのでは無いが、前述の 通り一日を十二時間と定めたのであるから如何とも為し難い、彼が最後の時間は刻々と 近づいて、やがて夜の九時を報ずると、空中声あり、「ファウスト覚悟せよ」と 呼ぶ、十時になると又「汝呪われたる者よ、服罪す可し」と、次に「裁判は開かれたり」 との声が聞える、そこでメフィストが入場して、十二時を報ずると、 空中の声は「ファウストよ、地獄に落ちよ、而して永遠の苦痛を受けよ」と叫ぶ、 そこで舞台は終局を告げる。

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