GLN町井正路訳「ファウスト」

「ファウスト」解題

(五)改革者メランヒトンの門弟で、アンスパッハに住んで居ったマンリアスと云う 人が、ファウストに就て人に語ったことがある、それは斯様だ。
 
 自分は彼の友であった、彼はクンドリングで生れ、クラコーの大学に在学中 魔術に通じ、漂泊的学者となって、常に不可思議のことを口走って居った、 曾て彼がベニスにある日、天に飛行することが出来ると大言誇語したが、やがて悪魔の 為めに空中高く上げられて、半死半生になって落ちたことがある、数年前のことであったが、 彼はウルテンベルグの某村の一旅館に、名状す可からざる憂鬱な相貌で静坐して居った、 それを訝った旅館の主人が、進んでその故を尋ねた処が、彼は「今宵余を煩わす勿れ」 と云ったのみで、やがて寝床に就いたが、其の夜大に家鳴(やなり)震動して、 翌朝ファウスト起き来らず、不思議に思った旅館の者が、彼の寝室に行て見ると、 彼は寝台の傍に仰向に伏して、悪魔の為めに殺されて居ったのである。

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