私の神道

優しさ

「或る人問う」
 「優しい」とは、goo辞書によると、
(1)穏やかで好ましい。おとなしくて好感がもてる。
(2)思いやりがあって親切だ。心が温かい。
(3)上品で美しい。優美だ。
のことであるが……。
 ここでは「優しい」を、「(1)思いやりがあって親切だ。心が温かい」 と云うこととして、いろいろと考えたいのであるが。
 
 「いたわる(労る)」とは、goo辞書によると、
(1)困っている人や病人などに同情の気持ちをもってやさしく接する。大事にする。
(2)慰労する。苦労をねぎらう。
(3)養生をする。
(4)苦心する。骨折る。
(5)病気になる。
のことであるが……。
 ここでは「いたわる」を、「(1)困っている人や病人などに同情の気持ちをもってやさしく接する。大事にする。」と云うこととして、いろいろと考えたいのであるが……。
 
「我は想う」
 誠心誠意を尽したと云うか、真心の籠ったと云うか、そのような 「優しさ(いたわりの心も、以下同じ。)」を持ちたいものだね。
 
「或る人問う」
 この「優しさ」に相対するものとして、「素直さ」があると思うが……。
 
「我は想う」
 うむ。
 勝者強者には「優しさ(ヤサシサ)」、敗者弱者には「素直さ(スナオサ)」 か……。
 
「強者は必ず勝つのか」
 
 私は森羅万象、私共ヒトが
①「何か(複数のもの)」を見定めると云うか、見極めると云うか、
②そのようなときには、一応、序列と云うか、優劣と云うか、有益無益と云うか……、
そのように「事の軽重」を認識して、善後策を講ずることとなる。
 
 そう云う意味で、敢えて、本稿では「勝者強者」「敗者弱者」の文言を使用させて いただきました。
 
「或る人問う」
 うむうむ。

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