徒然想問

ジェンダー・フリーと補うこと


△補い合うことと平和
「或る人問う」
 生物である最小単位は、雌雄一組のことである。
 それは、種が永続される最小単位と云うことである。
 そのうちの一つ、雌、又は雄のみをもっては、永続し得ない。試験管(限定され
た空間=例えば教室の中など)の中では、一定期間は生存できるが………
 
 ヒトもまた同じである。「ヒトと云う種」の永続の最小単位は、男女一組であ
る。しかして、男又は女一人をもって、ヒトの最小単位とする考えとは?
 
「我は想う」
 ………
 
「或る人問う」
 ヒトがそれぞれに生きてゆくためには、食糧を得るべき最小限の「空間」が必要
となる。すなわち、ヒト一人が必要とする最小限の生息面積(男女一組の場合は繁
殖面積)、例えば住宅で云えば何uとか、主食である米を生産するには何uの田ん
ぼとか、が最低必要となる。このときの最小単位として「一人」と云う概念があ
る。
 また、ヒトにはそれぞれ個性があって、各人の考えは千差万別である。そのと
き、各人の人格を尊重したり、個々の動向を把握する最小単位として「一人」と云
う概念があるんだね。
 
 ヒトは、一人だけでも一生涯を生きられるが、「ヒトと云う種」が永続されるに
は、一人では生きられませんね。少なくとも男女一組が必要だね。
 
「我は想う」
 そのとおり。
 
「或る人問う」
 ところで、男と女では「体の作り」が違うし、一人で生きてゆくには苦労する
ね。幼児や老人は自分一人では生きてゆけないね。
 
「我は想う」
 であるから、賢いヒト(あなたを含む私共のこと)は、お互いに補い合って(換
言すれば、助け合って)生きていることになる。
 
「或る人問う」
 漁業者は魚をとったり、お菓子屋は菓子を作ったり、料理当番は美味しい料理を
作ったりなどして、みんなに分け与えているんだね。
 つまり、相手の出来ないことを、他のヒトが代わりに担当して、お互いに補い合
っているんだね。
 
「我は想う」
 そのとおり。
 
「或る人問う」
 老人はこれまで、私共を育ててくれたし、幼児は将来、ヒトの永続を担うことに
なるので、このヒトたちが出来ないことを、働けるヒトたちが補ってくれているん
だね。
 
 男と女とでも同じなんだね。普通、男は生まれながらにして、女より逞しいの
で、外で働くのに都合がいいし、女は、男には出来ない出産と云う大切で素敵なこ
とが出来るね。
 
「我は想う」
 ヒトの永続の最小単位である男女一組は、互いに補い合って、初めて満足な営み
が可能となろう。
 
「或る人問う」
 男でも女でも、ヒトはもって生まれた得意の能力を十分に活用して、男は女の、
女は男の、働けるヒトは働けないヒトのために、それぞれ補い合って生きてゆくん
だね。
 
「我は想う」
 そのとおり、ヒトはその得意分野に応じて、それぞれ分担しあって、ヒトと云う
かけがえのない集団 = 人類の永続を期することになる。

「或る人問う」  ある地方では、家庭で権力を一手に握っている主婦のことを「ソンビレ」と呼んで いるよ。   「我は想う」  それは戦前中国で、ある有名な政治家の夫人が、その夫の言動に多大な影響を与 えたとして有名になった人で、確か宋美齢(そうびれい)と云う人ではないだろう か。   「或る人問う」  わが国でも、神話や歴史上で今に至るまで多大な影響を及ぼし、業績を遺した有 名な女性として、天照大御神や、神功皇后や、推古天皇などがお出ででしたね。   「我は想う」  男と女の関係は、男と女が出会って、共に生活を営んで初めて、それぞれの得意 分野が発揮される。   「或る人問う」  場面場面に応じて、強い者が弱い者を、得意な者は不得意な者をそれぞれ助け、 補い合うことだね。   「我は想う」  そのとおり。

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