徒然想問

個の価値


△自力と他力
「或る人問う」
 自力とは、自分自身の力のことで、仏教的には自分に備わっている悟りを開く能
力、また、自分の修行によって悟りを開こうとすること、とされる。
 
「我は想う」
 他力とは、他人の助力のことで、仏教的には自己の力で悟るのではなく、仏や菩
薩の力を借りること、仏・菩薩の加護のこと、多くは浄土教で、衆生(しゅじょう)
を極楽へ救済する阿弥陀仏の本願の力のこと、される。
 
「或る人問う」
 日本仏教においては、他力宗(他力本願)としては浄土教系や日蓮宗系がある。
 
「我は想う」
 聖書の宗教としての一神教(キリスト教やイスラム教など)も、他力宗(他力救
済)に分類される。
 
「或る人問う」
 神とか、仏(教祖も)の力量が絶大である、と云うことか?
 
「我は想う」
 他力宗においては、その教徒は、神仏の絶対なる力量を信じることにある。
 
「或る人問う」
 と云うことは、その教徒は、神仏にはなれないことでもあるのだね。
 
「我は想う」
 他力宗の教徒は、自力宗のそれに比して、宗教活動が活発であるようにみえる。
 他力宗においては、教徒(個)の数が多くなればなるほど、神仏の力量は比例し
て偉大となる。
 
「或る人問う」
 そうすると、教徒個々人の価値の重みは、逆に軽くなってゆく構図なのだね。
 
「我は想う」
 …………

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