06 神祇之恩のこと
 
                     参考:大倉精神文化研究所発行「神典」
 
〈神祇之恩ミタマノフユ〉
 
『古語拾遺』「同殿共牀」
(前略)然サて後に物部モノノベは乃スナハち矛盾ホコタテを立て、大伴オホトモ・来目クメは仗ツハモノを建
てて、門ミカドを開きて、四方ヨモの国クニビトを朝マイノボらしめて、天位アマツヒツギの貴タフトキを観
シメしたまひき。此の時に当りて、帝スメラミコトと神スメガミタチと其の際アヒダ未イマだ遠からず。同
殿共牀ヒトツミアラカヒトツミユカにまし、此コを以モて常と為シたまひき。故カれ神物カムタカラも官物ミヤケモノ
も未だ分別ワキなかりき。宮内ミヤノウチに蔵ミクラを立てて、斎蔵イミクラと号ナヅけ、斎部氏
イミベウヂをして永く其の職ツカサに任アタらしめたまひき。又マタ天富命アメノトミノミコトをして、供作
ツクリツカへまつる諸氏モロモロノウヂを率ゐて、大幣オホミテグラを造作ツクらしめ、天種子命
アメノタネコノミコトをして、天罪アマツツミ・国罪クニツツミの事コトを解除ハラはしめたまひき。爾乃カレ霊畤
マツリノニハを鳥見トミの山中に立ツクりたまひて、天富命、幣ミテグラを陳ツラねて、祝詞ノリトまをし
て、煙(煙の火の代わりに示)祀アマネク皇天偏(偏の人の代わりに彳)秩群望アマツカミクニツカミ
ヲマツリ、以モチて神祇之恩ミタマノフユに答コタへまつりき。是を以モて、中臣ナカトミ・斎部イミベの二氏
フタウジは、倶トモに祠祀マツリの職ワザを掌ツカサドり、猿女君サルメノキミの氏ウヂは、神楽カミアソビの事
ワザに供ツカへまつる。自余コノホカの諸氏モロモロノウヂも、各オノオノ其の職有るなり。(下略)
 
 即ち、
 (天孫降臨の後は)・・・・・・天皇と神とは「同殿共牀」が常であった。それぞの氏はそ
れぞれその任務を遂行しつつ政事が行われていた。よって霊畤を造って祝詞を奏し、あ
まねく天神地祇をお祀りして、その神祇之恩ミタマノフユに応えたのであった。・・・・・・
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