05 哲学・思想序曲[現代思想の展開]
参考:自由国民社発行「現代用語の基礎知識」
△構造主義 structuralism
構造主義とは、「構造」と云う概念を中心に置いて考える立場で、1960年代後半から
フランスで盛んになりました。思想史的には実存主義の退潮の後に現れた考え方であっ
て、実存主義がどこまでも"人間の実存"を問題としていたのに対して、構造主義では人
間を構造の中で一つの要素として考えます。構造主義の代表的思想家の一人は、フラン
スの民族学者レヴィ=ストロースですが、その構造人類学では、交換と云うことが最も重
視されます。構造は、相互に交換可能な要素によって成立しているのであり、こうした
考え方はヤコブソン、ソシュールを中心とする20世紀の言語学の影響に因っています。
この点がやがて構造主義に対する批判の対象となります。つまり、構造主義には異質な
ものを介入させる力がなく、そのために外側との関係が成立せず、動的なものが欠けて
いると云う批判です。このような批判からポスト構造主義(後述)と呼ばれる思想が生
まれてきます。
△ポスト構造主義 post-structuralism
ポスト構造主義は、構造主義の内側から生まれ、その後に来る思想です。構造主義は、
あまりにも人間それ自体を重視し過ぎた実存主義に対する批判として登場したのですが、
次には、構造主義の人間軽視に対する反作用としてポスト構造主義が現れて来ます。そ
のため、ポスト構造主義では、構造主義では殆ど無視されていた宗教・歴史・暴力など
の役割が再び重視されるようになります。構造主義の最も重要に考え方は「交換」であ
って、そのために構造を形成する諸々の要素は相互に交換が可能な、同質のものである
必要がありました。ところが、歴史的な要素を再び導入したポスト構造主義では最早交
換は主要な原理ではなく、それに代わってノイズ(雑音)・出来事・暴力・カオス(混
沌)などの要素が考慮され、また構造と云うものの存在を認める場合でも、それを構成
する要素が相互に異質であることが求められます。そのような異質な要素が重ね合わさ
れることによって、重層的なものが形成されることになります。ドゥルーズ、ガタリの
云う「リゾーム」(後述)と云う概念などもこうしたポスト構造主義的な動きを早くか
ら感知して構造されたものと云えるでしょう。
ポスト構造主義では、スター的な思想家は見当たらず、様々なマイナーな思想が絡み
合って混在しています。しかし、思想としてのポスト構造主義は既に退潮しつつあり、
新たな動きが求められています。また、ポスト構造主義とポスト・モダニズムは深く関
係していますが、一般には前者は思想の領域での動きを指し、後者は文化・芸術の領域
での動きを指すものとされています。
△ポスト・モダニズム post-modernism
ポスト・モダニズムは、モダニズムの後に生まれた芸術・文化の運動で、最初は建築
の領域で用いられていた概念ですが、間もなく一般に使われるようになりました。モダ
ニズムが合理主義・機能主義と結び付いて明確で単純な要素からなっていたのに対し、
ポスト・モダニズムでは、異質な要素の組み合わせや、過去の作品からの引用によって
作品が作られます。その意味でポスト・モダニズムでは、思想の領域のポスト構造主義
と対応しています。
ポスト・モダニズムは特に建築・デザインの領域で具体的な作品となって現れていま
す。それらの作品は屡々折衷主義の傾向を見せていますが、それはポスト・モダニズム
においては、何か一つの強力な原理による支配がなく、様々な要素を寄せ集めなければ
ならないからです。"キッチュ"はその一つの表現形式です。
△ポストコロニアリズム postcolonialism
ポストコロニアリズムとは、直訳しますと「植民地主義以後」と云うことです。帝国
主義時代の列強による植民地支配が終わった後のその地域の状況を示す言葉で、特に文
化について語られます。植民地支配をしていた先進国の文化の影響が残るために、支配
されていた民族・国家独自の文化が、多かれ少なかれ歪められることになります。ポス
トコロニアリズムは、アフリカ北部の諸国、東南アジア諸国について語られることが多
いが、わが国の植民地支配の及んでいた朝鮮・台湾・中国北東部についても論じなけれ
ばなりませんし、また在日朝鮮人の文化についてももっと注意されるべきでしょう。
△ディコンストラクション/脱構造 deconstruction
ディコンストラクションとは、伝統的な西欧の形而上学の基盤にあるあらゆる考え方
を徹底的に批判した、フランスの哲学者ジャック・デリダの中心的な考え方です。元来
は建築物の造り直しを意味する古い言葉で、デリダが哲学の用語に転換させました。デ
ィコンストラクションは、まず第一に統一的な全体と云う考え方を否定します。当然そ
れは、その背後にある神とか理性と云った、秩序の基礎にあるものを批判することにな
ります。また、ディコンストラクションは、ものと言葉、存在と表象、中心と周辺(周
縁)と云った総ての二元論を否定し、多元論的な考え方を優先させます。その意味でデ
ィコンストラクションは、西欧近代思想の相対化を求めたミシェル・フーコーやロラン
・バルト、リゾーム(後述)やノマド(後述)と云うイメージを使って、思考の動的な
運動を求めるドゥルーズ、ガタリなどの思想と密接に繋がっていますし、またカルチュ
ラル・スタディーを準備したものとも云えます。
△ロゴス中心主義 logoscentrisme 仏(フランス語)
ロゴス中心主義は、西欧の伝統的な形而上学の中軸にある考え方として、主にジャッ
ク・デリダが批判の対象とした概念です。ここで「ロゴス」とは単に論理だけではなく、
言語によって支えられる理性・秩序・進歩などを示す概念であり、西欧ではこの意味で
のロゴスが社会・文化・思想のあらゆる領域を支配して来たとします。デリダは、この
ようなロゴス中心主義を徹底的に批判し、破壊しようとしたのであり、これは西欧思想
の自己批判とみなすことが出来ます。従って反ロゴス中心主義がディコンストラクショ
ン(前述)の核になる考え方になります。「リゾーム」(後述)と云う概念も、ロゴス
中心主義を否定するものであり、多元性を重視する現代的な考え方の基礎を見ることが
出来ます。
△脱中心化
脱中心化とは、ミシェル・フーコーの用語で、神・理性・人間と云った中心に置かれ
てきたものの価値を否定することです。これはフーコーが「人間」と云う概念の死を宣
告したこと、長い間抑圧されてきた狂気・非理性と云うものに意味を求めたことと関係
しています。また政治・社会的な面では中央集権と云う中心的なものの拒否と関連しま
す。脱構築・リゾーム(後述)とも密接に繋がっています。
△相互作用 interaction
相互作用interactionとは、人間の一つの行動は、他人との相互作用の結果としてなさ
れるものであって、それだけで成立するものではないとする考え方です。因果性よりも
関係性を重視する現代思想の重要な概念です。人間の行動が過去の出来事で決定される
とするフロイトの考え方にも対立します。相互作用と云う考え方の起源はスピノザにあ
ります。グレゴリー・ベイトソンも相互作用の概念を重視しました。それを受け継いで
アメリカの社会学者アーヴィング・ゴフマンは、日常生活の行動の意味を解明しようと
しました。カオスモス(後述)と深く関係します。
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