03 神社有職故実
〈御霊代〉
御霊代ミタマシロは、御神体ゴシンタイ、神実カムザネ、御形ミカタ、御正体ゴショウタイ、御霊体ゴレイタイ
とも称し、神霊が憑依ヒョウイせられる所のものを云います。神社では最も神秘にして神聖、
侵すべからざるものであって、本殿の内陣に奥深く奉安して最も鄭重テイチョウを期さなけれ
ばなりません。仏寺では御開帳ゴカイチョウと称して本尊の仏像を親しく衆庶に拝せしめます
が、神社の御霊代はこれと異なり、尊貴無二にして如何なる場合でも決して衆庶に拝観
せしめることはありません。
御霊代は次に説明しますように、神鏡のほか、種々の様式がありますが、特殊の例と
しては、自然の山や林を御神体とするものがあります。奈良県の大神神社オオミワジンジャ、
長野県の諏訪神社スワジンジャの上社カミシャ、埼玉県の金鑚神社カナサナジンジャなどがそれです。
また和歌山県の飛滝神社ヒロウジンジャの如く、瀑布を以てって御神体とするのもあります。
是等は特殊の由緒に基づく例外ですが、この場合でも山岳、瀑布そのものを崇祀スウシする
のではなく、これに憑依ヒョウイし給う神祇を崇祀することは言うまでもないでしょう。
△鏡・剣・玉
1 神鏡シンキョウ
神鏡を以て御霊代とすることは、畏くも伊勢の皇大神宮、豊受大神宮、宮中の賢所カシコ
ドコロにこれを窺ウカガい奉ります。皇大神宮は天照大御神親授の斎鏡イツキノカガミを以て、豊
受大神宮は「ますみのかがみ」を以て御霊代とします。また宮中の賢所は、崇神天皇の
御代に皇大神宮の別御霊ワケミタマとして更鋳せられた神鏡をも御霊代としています。
皇大神宮の第一別宮ベツクウ荒祭宮アラマツリノミヤ、豊受大神宮の第一別宮多賀宮タカノミヤの御霊
代は何れも神鏡であり、また和歌山県の日前神宮ヒノクマジングウは日像鏡ヒガタノカガミを、国懸
神宮クニカカスジングウは日矛鏡ヒボコノカガミを御霊代として奉祀します。
兵庫県の出石神社イヅシジンジャは、八種神宝ヤクサノカンダカラを奉祀します。此の神社は垂仁
天皇の御代、新羅シラギから帰国した天日槍アメノコボコが伝来したと伝えますが、その中に日
鏡ヒノカガミがあります。
宮内省では、明治二十八年以後、創立の官国幣社に対し御霊代として神鏡御奉納のこ
とが内定せられましたので、一々示しませんが、それ以後創建の官国幣社は概ね神鏡を
以て御霊代としている訳です。
以上は古来神鏡を以て御霊代とする最も顕著な例証を挙げましたが、その他神鏡を御
霊代とする神社は数限りもありません。類聚名物考(神祇十)に、「鏡と神とはその訓
意同じく、鏡の明かなるは神徳の明霊を表はす」と云う意味を述べていますが、鏡を以
て御霊代とするのが最も適当であると思われます。
次に御霊代としての神鏡の御装束ミショウゾク(装飾及び鋪設のことを云う)について述べ
ます。
神鏡は白銅円鏡、天神地祇並びに天皇は径一尺、諸臣は七寸程度、裏面に神名を刻し、
紐チュウに紅紐を附けます。錦の袋に納めて柳筥ヤナイバコに入れます。その柳筥を入帷イレカタ
ビラで包んで辛櫃カラヒツに納め、辛櫃には巾(巾+巴)オオイ(覆)をかけるか、又は御衾オ
フスマで覆います。辛櫃を用いず神鏡を絹で包み、先ず御樋代ミヒシロに、次に御船代ミフナシロに
納めて、御衾で覆うこともあります。
以上の御辛櫃、又は御船代は、その下に御茵オシトネ、その下に御畳オジョウを敷いて御浜床
オハマユカの上に安置するのです。
神鏡以外の御霊代の御装束も概ねこれに準拠すべきです。
2 剣
剣ツルギを御霊代として奉祀する神社も少なくありません。その著名の神社を挙げます
と、愛知県の熱田神宮アツタジングウは草薙神剣クサナギノミツルギ、奈良県の石上神宮イソノカミジングウ
は布都御魂剣フツノミタマノツルギを御霊代とします。
皇大神宮の相殿神万幡豊秋津姫命ヨロズハタトヨアキツヒメノミコトの御霊代は剣であり、また素盞嗚
尊が大蛇オロチを斬られたと云う麁正剣アラマサノツルギは、岡山県の石上イソノカミ布都御魂神社フツノ
ミタマノジンジャで祀ると伝えます。
3 玉
玉を御霊代とする神社で著名なのは福岡県の宗像神社ムナカタジンジャで、その沖津宮オキツミヤ
は青玉アオダマを、中津宮ナカツミヤは紫玉ムラサキダマ(なお辺津宮ヘツミヤは鏡)を以て御霊代とする
と伝え、また前述の出石神社イヅシジンジャの御霊代八種神宝の中には、羽太玉ハブトノタマ、足
高玉アシダカノタマ、赤石玉アカイシノタマがあります。
以上のほかに鏡・剣・玉を以て御霊代とする神社は数多いことですが、その基づくと
ころは、概ね三種神器に準拠したものと思われます。
△幣帛
御幣帛を以て御霊代とすることは、なべて普通に行われています。その様式の一例に
ついて述べます。
先ず奉書紙で御幣を作ります。鏡は二枚重ね縦三つ折り(内方に)にします。左右の
垂タレは四垂ヨタレ、四枚重ねとし、左折、右折の左右相対にし、鏡の表で交叉して鏡と共に
幣串に挟みます。次に幣串を幣立に立てます。
幣立に立てた御幣串はこれを御とくオトクに納め、御とくは御巾(巾+巴)オンオオイ又は御
衾オフスマで覆います。
御装束は神鏡と同様、御とくの下には御茵オシトネ、御畳オジョウを重ね敷き、御浜床オハマユカ
の上に安置し、更にその上から全体を御衾で覆うのです。
△遺物・遺愛品
祭神の遺物・遺愛品を以て御霊代とします。一例としては神奈川県の鎌倉宮は、祭神
護良モリナガ親王の御甲オンヨロイが御霊代であると承ります。
なお、祭神の遺物・遺愛品中、冠、衣服、弓、矢、筆、硯等を以てすることもありま
す。
△木像・影像
木像や影像を以て御霊代とする例も少なくありません。皇大神宮の別宮である月読宮
ツキヨミノミヤの御霊代は、馬上の男形で紫衣に黄金作りの太刀を佩いて居られると伝えます。
また世俗では鹿に乗った春日神、狐に乗った稲荷神、牛に乗った菅公などの顔も見受け
られます。
△その他
以上のほかに、璽箱シルシノハコ、祭神名、笏、霊石、矛、瓶、鈴、釜、杖などを以て御霊
代とすることもあります。
なお御霊代がなく、御寝座を設けるだけの場合もあります。宮中祭祀の大嘗祭、新嘗
祭は左様であると承ります。
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