151 神皇正統記 天(その五)
第三代、天津彦々火アマツヒコヒコホノ瓊々杵尊。天孫アメミマとも皇孫スメミマとも申。皇祖スメミオヤ天
照太神・高皇産霊尊いつきめぐみましましき。葦原の中州の主として天降アマクダシ給はむと
す。こゝに其国邪神アシキカミあれてたやすく下クダリ給ことかたかりければ、天稚彦アメワカヒコと
いふ神をくだしてみせしめ給しに、大汝オホナムチの神の女ムスメ、下照姫シタテルヒメにとつぎて、
返カヘリこと申さず。三とせになりぬ。よりて名なし雉キギシをつかはしてみせられしを、天
稚彦いころしつ。其矢天上にのぼりて太神の御まへにある、血のぬれたりければ、あや
め給て、なげくだされしに、天稚彦新嘗ニヒナメシてふせりけるむねにあたりて死す。世に返
し矢をいはむ此故也。さらに又くださるべき神をえらばれし時、経津主ヘツヌシの命(楫取
カトリノ神にます)武甕槌タケミカヅチの神(鹿島の神にます)みことのりをうけくだりましけ
り。出雲国にいたり、はかせる剣をぬきて、地につきたて、其上にゐて、大汝の神に太
神の勅をつげしらしむ。その子都美波八重ツミハヤエ事代主コトシロヌシの神(今葛木カヅラキの鴨に
ます)あひともに従シタガヒ申。又次の子健御名方刀美タケミナカタトミの神(今阪方スハの神にます
)したがはずして、にげ給しを、すはの湖ミヅウミまでおゐてせめられしかば、又したがひ
ぬ。かくてもろもろの悪アシキ神をばつみなへ、まつろえるをばほめて、天上にのぼりて返
カヘリこと申給。大物主の神(大汝の神は此国をさり、やがてかくれ給と見ゆ。この大物主
はさきにいふ所の三輪の神にますなるべし)事代主の神、相共に八十万ヤソヨロヅの神をひ
きゐて、天にまうづ。太神ことにほめ給き。「宜ヨロシク八十万の神を領リャウジて皇孫をまぼ
りまつれ。」とて、先マヅかへしくだし給けり。其後、天照太神、高皇産霊尊相計アヒハカラヒ
て皇孫をくだし給。八百万ヤホヨロヅの神、勅を承りて御供につかふまつる。諸神の上首
ジャウシュ三十二神あり。其中に五部イツトモノヲノ神といふは、天児屋命(中臣の祖オヤ)天太玉
アメノフトタマノ命(忌部の祖)天鈿女アメノウズメノ命(猿女サルメの祖)石凝姥イシコリドメノ命(鏡作
カガミツクリの祖)玉屋命(玉作の祖)也。此中にも中臣・忌部の二フタハシラノ神はむねと神勅
シンチョクをうけて皇孫をたすけまぼり給。又三種ミクサの神宝カムタカラをさづけまします。先あら
かじめ、皇孫に勅ミコトノリシて曰ノタマハク、「葦原アシハラノ千五百チイホ秋之アキノ瑞穂ミヅホノ国是コレ吾子
孫ワガウミノコノ可主之地キミタルベキトコロ也ナリ。宜爾皇孫就而治焉イマシスメミマツイテシラセ。行給矣
サキクユキタマヘ。宝祚之アマツヒツギノ隆サカンナルコト当与天壌無窮者矣マサニアメツチトキハマリナカルベシ。」又太神御
手に宝鏡をもち給、皇孫にさづけ祝ホキて、「吾児ワガコ視此宝鏡コノタカラノカガミヲミテ当猶視吾
マサニナヲシワレヲミルガ。可与同床共殿トモニユカヲオナジクシミアラカヲヒトツニシテ以為斎鏡モッテイハヒノカガミトスベシ。」
とのたまふ。八坂瓊の曲玉マガタマ・天の聚(草冠+聚)雲ムラクモをくはえて三種とす。又「
此鏡の如の分明フンミャウなるをもて、天下に照臨ショウリンシ給へ。八坂瓊のひろがれるが如く曲
妙タクミナルワザをもて天下をしろしめせ。神剣をひきさげては不順マツロハザるものをたいらげ
給タマヘ。」と勅ましましけるとぞ。此国の神霊シンレイとして、皇統コウトウ一種たゞしくましま
す事、まことにこれらの勅に見えたり。三種の神器世に伝ツタフルこと、日月星ヒツキホシの天アメ
にあるにおなじ。鏡は日の体なり。玉は月の精セイなり。剣は星の気キなり。ふかき習ナラヒ
あるべきにや。
抑ソモソモ、彼の宝鏡はさきにしるし侍ハベル石凝姥の命の作給へりし八咫の御鏡(八咫に
口伝あり)、
裏書に云。
咫は説文に云。中の婦人の手の長さ八寸、之を咫と謂ふ。周尺シウジャク也。但、今の八
咫の鏡の事は別に口伝あり。
玉は八坂瓊の曲玉、玉屋の命(天明玉アメノアカルタマとも云)作給へるなり(八坂にも口伝あ
り)。剣はすさのをの命え給へる、太神にたてまつられし聚(草冠+聚)雲の剣也。此
三種につきたる神勅は正マサシく国をたもちますべき道なるべし。鏡は一物イチモツをたくはへ
ず。私の心なくして、万象をてらすに是非善悪のすがたあらはれずといふことなし。そ
のすがたにしたがひて感応カンオウするを徳とす。これ正直の本源なり。玉は柔和ニウワ善順
ゼンジュンを徳とす。慈悲の本源也。剣は剛利決断を徳とす。智恵の本源也。此三徳を翕受
アハセウケずしては、天下のおさまらんことまことにかたかるべし。神勅あきらかにして、詞
コトバつゞまやかにむねひろし。あまさへ神器にあらはれ給へり。いとかたじけなき事を
や。中にも鏡を本モトとし、宗廟ソウベウの正体とあふがれ給。鏡は明メイをかたちとせり。心
性シンショウあきらかなれば、慈悲決断は其中ウチにあり。又正く御影ミカゲをうつし給しかば、
ふかき御心をとゞめ給けむかし。天にある物、日月ヒツキよりあきらかなるはなし。仍ヨリテ
文字モンジを制するにも「日月を明とす。」といへり。我神、大日ダイニチの霊ミタマにましま
せば、明徳をもて照臨し給こと陰陽にをきてはかりがたし。冥顕ミャウケンにつきてたのみあ
り。君も臣オミも神明の光胤クワウインをうけ、或はまさしく勅をうけし神達の苗裔ベウエイなり。
誰か是をあふぎたてまつらざるべき。此理コトワリをさとり、其道にたがはずば、内外典
ナイゲテンの学問もこゝにきはまるべきにこそ。されど、此道のひろまるべき事は内外典流
布ルフのちからなりと云つべし。魚をうることは網の一目イチモクによるなれど、衆目の力な
ければ是をうることかたきが如し。応神天皇の御代より儒書をひろめられ、聖徳太子の
御時より、釈教シャクケウをさかりにし給し、是皆権化ゴンゲの神聖カミにましませば、天照太
神の御心をうけて我国の道をひろめふかくし給なるべし。
かくて此瓊々杵の尊、天降アマクダリまししに猿田彦サルダヒコと云神まいりあひき(これは
ちまたの神也)。てりかゝやきて目をあはする神なかりしに、天の鈿目の神行ユキあひぬ。
又「皇孫いづくにかいたりましますべき。」と問しかば、「筑紫の日向の高千穂の患(
木偏+患)触クシフルの峯タケにましますべし。われは伊勢の五十鈴の川上にいたるべし。」
と申。彼カノ神の申マヲシのまゝに、患(木偏+患)触の峯にあまくだりて、しづまり給べき
所をもとめられしに、事勝コトカツ・国勝クニカツと云神(これも伊弉諾尊の御子、又は塩土シホツチ
の翁オキナといふ)まいりて、「わがゐたる吾田アタの長狭ナガサの御崎ミサキなむよろしかるべ
し。」と申ける、其所にすませ給けり。
こゝに山の神大山祇オホヤマツミ、二フタリの女ムスメあり。姉を磐長姫イワナガヒメといふ(これ磐石
バンジャクの神なり)、妹を木コの花開耶姫ハナサクヤヒメと云(これは花木の神なり)。二人をめ
しみ給。あねはかたちみにくかりければ返しつ。いもうとを止トドめ給しに、磐長姫うら
みいかりて、「我をもめさましかば、世の人は命ながくて磐石の如くあらまし。たゞ妹
をめしたれば、うめらん子は木の花の如くちりをちなむ。」ととこひけるによりて、人
の命はみじかくなれりとぞ。木の花のさくやひめ、めされて一夜ヒトヨにはらみぬ。天孫の
あやめ給ければ、はらたちて無戸室ウツムロをつくりてこもりゐて、みづから火をはなちし
に、三人ミタリの御子生ウマレ給。ほのをのおこりける時、生ますを火闌降ホノスセリの命と云。火
のさかりなしに生ますを火明ホアカリノ命と云。後に生ますを火火出見ホホデミの尊と申。此三
人の御子をば火もやかず、母の神もそこなはれ給はず。父の神悦ヨロコビましましけり。
此尊天下を治ヲサメ給事三十万八千五百三十三年と云へり。自是コレヨリさき、天上にとゞま
ります神達の御事は年序ネンジョはかりがたきにや。天地わかれしより以来コノカタのこと、い
くとせをへたりと云ことも見たる文なし。
抑、天竺の説に、人寿ニンジュ無量なりしが八万四千歳になり、それより百年に一年を減
じて百二十歳の時(或百歳とも)釈迦仏シャカブツ出イデ給と云イヘる、此仏出世は盧(盧偏+
鳥)茲(茲偏+鳥)草葺不合ウガヤフキアヘズノ尊のすゑざまの事なれば(神武天元年辛酉
カノトトリ、仏滅ブツメツノ後ノチ二百九十年にあたる。已コレヨリ上はかぞふべき也)、百年に一年を
増してこれをはかるに、此瓊々杵の尊の初ハジメつかたは迦葉仏カセフブツの出給ける時にや
あたり侍せん。人寿二万歳の時、此仏は出給けりとぞ。
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