151 神皇正統記 天(その二)
抑ソモソモ、「神道のことはたやすくあらはさず。」といふことあれば、根元をしらざれ
ば猥ミダリガハしき始ともなりぬべし。其つゐえをすくはむために聊イササカ勒ロクし侍り。神代
より正理シャウリにてうけ伝へるいはれを述ノベムことを志ココロザシき。常に聞ゆることをばの
せず。しかれば神皇ジンワウの正統記シャウトウキとや名ナヅけ侍ハベルべき。
夫ソレ天地アメツチ未分イマダワカレざりし時、混沌として、まろがれること鶏(奚+隹)子トリノコ
のごとし。くゝもりて牙キザシをふくめりき。これ陰陽インヤウの元初ゲンショ未分の一気イッキ也。
其気始てわかれてきよくあきらかなるは、たなびき天アメと成り、をもくにごれるはつゞ
いて地ツチとなる。其中より一物ヒトツノモノ出たり。かたち葦牙アシカビの如し。即スナハチ化ケして
神となりぬ。国常立クニノトコタチノ尊と申。又は天の御中主ミナカヌシの神とも号し奉る。此神に木
モク・火クワ・土ド・金コン・水スイの五行ゴギャウの徳まします。先マヅ水徳の神にあらはれ給を国狭
槌クニノサツチの尊といふ。次ぎに火徳の神を豊斟渟トヨクムヌの尊と云。天の道ひとりなす。ゆへ
に純男ジュンナンにてます(純男といへどもその相サウありともさだめがたし)。次ツギニ木徳
の神を泥土(蒲鑑反)瓊ウヒヂニノ尊・沙土瓊スヒヂニノ尊と云。次金徳の神を大戸之道オホトノヂノ
尊・大苫辺ヲウトマベノ尊と云。次に土徳の神を面足ヲモタルノ尊・惶根カシコネノ尊と云。天地の道相アヒ
交マジハリて、各陰陽のかたちあり。然れどもそのふるまひなしといへり。此諸神実マコトに
は国常立の一ヒトハシラノ神にましますなるべし。五行の徳各神とあらはれ給。是を六代とも
かぞふるなり。二世三世の次第を立タツべきにあらざるにや。次に化生ケシャウし給へる神を
伊弉諾イザナギノ尊・伊弉冉イザナミノ尊と申す。是は正しく陰陽の二フタツにわかれて造化ザウクワ
の元ハジメとなり給ふ。五行はひとつづつの徳なり。此五徳をあはせて万物を生ずるはじ
めとす。
こゝに天祖アマツミオヤ国常立クニノトコタチノ尊、伊弉諾・伊弉冉の二フタハシラノ神に勅ミコトノリしてのた
まはく、「豊葦原の千五百秋の瑞穂の地クニあり。汝イマシ往ユキてしらすべし。」とて、即天
瓊矛アマノヌボコをさづけ給。此矛又は天の逆戈サカホコとも、天魔返アマノサカほこともいへり。二
神このほこをさづかりて、天の浮橋ウキハシの上にたゝずみて、矛をさしおろしてかきさぐ
り給しかば、滄海アヲウナバラのみありて、そのほこさきよりしたゝりおつる潮こりて一ヒトツ
の島となる。これを殷(石偏+殷)馭島オノコロジマといふ。此名に付て秘説あり。神代、梵
語ボンゴにかよへるか。其所もあきらかに知シル人なし。大日本ヤマトの国宝山ホウセンなりと云
(口伝あり)。二神此島に降居クダリマシて、即国の中の柱ミハシラをたて、八尋ヤヒロの殿トノを化
作ケサクしてともにすみ給。さて陰陽和合ワゴウして夫婦の道あり。此矛は伝ツタヘテ、天孫アメミマ
したがへてあまくだり給へりともいふ。又垂仁天皇の御宇ギョウに、大和姫の皇女クワウヂョ、
天照太神の御をしへのまゝに国々をめぐり、伊勢国に宮所ミヤドコロをもとめ給ひし時、大
田の命ミコトといふ神まいりあひて、五十鈴イスズの河上に霊物レイモツをまぼりをける所をしめ
し申マヲシしに、かの天の逆矛・五十鈴・天宮アメノミヤの図形ヅギャウありき。大和姫の命よろこ
びて、其所をさだめて、神宮カミノミヤをたてらる。霊物は五十鈴の宮の酒殿サカドノにおさめ
られきとも、又、瀧祭タキマツリの神と申は龍神リュウジンなり、その神あづかりて地中におさめ
たりともいふ。一ヒトツには大和の龍田タツタの神はこの瀧祭と同体にます、此神のあづかり
給へるなり。よりて天柱アマノミハシラ国柱クニノミハシラといふ御名ありともいふ。昔殷(石偏+殷
)馭島に持モテくだり給しことはあきらかなり。世に伝ツタフといふ事はおぼつかなし。天孫
のしたがへ給ならば、神代より三種サンジュの神器ジンギのごとく伝給べし。さればはなれ
て五十鈴イスズノ河上にありけむもおぼつかなし。但タダシ天孫も玉矛はみづからしたがへ給
といふ事見ミエたり(古語拾遺の説なり)。しかれども矛も大汝オホナムチの神のたてまつらる
ゝ国をたいらげし矛もあれば、いづれといふ事をしりがたし。宝山にとゞまりて不動の
しるしとなりけむことや正説シャウセツなるべからん。龍田も宝山ちかき所なれば、竜神を天
柱国柱といへる、深秘ジンピの心あるべきにや(凡神書シンショにさまざまの異説あり)。日
本紀・旧事クジ本紀・古語拾遺等にのせざらん事は末学マツガクの輩トモガラひとへに信用しがた
かるべし。彼書の中ウチ猶一決せざることおほし。況イハンヤ異書にをきては正シャウとすべから
ず。
かくて、此二フタハシラノ神相はからひて八ヤツの島をうみ給ふ、先マヅ、淡路の洲シマをうみま
す。淡路アハヂノ穂之ホノ狭別サワといふ。次ツギニ、伊予の二名フタナの洲をうみます。一身ヒトツノミ
に四面ヨツノオモあり。一を愛上比売エヒメと云、これは伊予なり。二を飯依比売イヒヨリヒメといふ、
これは讃岐サヌキ也。三ミツを大宜都比売オホゲツヒメといふ、これは阿波アハ也。四ヨツを速依別
ハヤヨリワケといふ、是は土佐トサ也。次、筑紫ツクシの洲をうみます。又一身に四面あり。一を白
日シラヒの別ワケと云、是は筑紫なり。後に筑前・筑後といふ。二を豊日別トヨヒワケといふ、これ
は豊国トヨクニなり。後に豊前・豊後ブゴといふ。三を昼日別ヒルヒワケといふ、是は肥ヒの国な
り。後に肥前・肥後といふ。四を豊久士比泥別トヨクジヒネワケと云、是は日向ヒムカなり。後に日
向・大隅・薩摩といふ(筑紫・豊国・肥の国・日向といへるも、二神の御代の始の名には非
アラザる歟カ)。次、壱岐の国をうみます。天比登都柱アメヒトツハシラといふ。次、対馬の洲をう
みます。天之狭手依比売アマノサテヨリヒメといふ。次、隠岐の洲をうみます。天之忍許呂別
アメノオシコロワケと云。次、佐渡の洲を生ます。建日別タケヒワケと云。次、大日本オホヤマト豊秋津洲
トヨアキヅシマをうみます。天御虚空アメノミソラ豊秋津根別トヨアキヅネワケと云。すべて是を大八洲
オホヤシマといふ也。此外あまたの島を生給ウミタマフ。後に海山ウミヤマの神、木のをや、草のおや
まで悉コトゴトクうみましてけり。何れも神にませば、生給へる神の洲をも山をもつくり給
へるか。はた洲山シマヤマを生給に神のあらはれましけるか、神代のわざなれば、まことに
難測ハカリガタシ。
二フタハシラノ神又はからひてのたまはく、「我すでに大八洲の国をよび山川草木をうめり。
いかでかあめのしたの君たるものをうまざらむや。」とてまづ日神ヒノカミを生ます。此み
こひかりうるはしくして国の内ウチにてりとをる。二神よろこびて天アメにをくりあげて、
天上の事をさづけ給。此時天地あひさること遠からず。天のみはしらをもてあげ給。こ
れを大日靈(靈の巫の代わりに女。以下「靈」と記す)オホヒルメの尊と申マヲス(靈レイノ字は霊
と通ずべき也。陰気を霊と云ともいへり。女神にましませば自オノヅカら相叶カナフにや)。
又天照太神とも申。女神にてましますなり。次、月神ツキノカミを生ます。其光日につげり。
天にのぼせて夜の政マツリコトをさづけ給。次に、蛭子ヒルコを生ます。三とせになるまで脚アシ
たゝず。天の磐樟イハクス船にのせて風のまゝはなちすつ。次、素戔烏スサノヲノ尊を生ます。い
さみたけく下忍イブリにして父母カゾイロの御心にかなはず。「根ネの国にいね。」とのたま
ふ。この三柱ミハサラは男神ヲガミにてまします。よりて一女三男と申なり。すべてあらゆる
神みな二神の所生ショシャウにましませど、国の主アルジたるべしとて生給しかば、ことさらに
此四ヨハシラノ神を申伝けるにこそ。
其後火神ヒノカ軻倶突智カクツチを生ましましし時、陰神メガミやかれて神退カンサリ給にき。陽神
ヲガミうらみいかりて、火神を三段ミキダにきる。その三段をのをの神となる。血のしたゝ
りもそそひで神となれり。経津主フツヌシの神(斎主イハヒヌシの神とも申。今の楫取カトリの神)・
健甕槌タケミカヅチの神(武雷タケミカヅチとも申。今の鹿島の神)の祖ミオヤ也。陽神猶したひて黄
泉ヨミノクニまでおはしましてさまざまのちかひありき。陰神うらみて「此国の人を一日ヒトヒ
に千頭チガシラころすべし。」とのたまひければ、陽神は「千五百頭チイホガシラを生ウムべし。
」とのたまひけり。よりて百姓ヒャクショウをば天アマの益人マスビトとも云。死シヌるものよりも生
ずるものおほきなり。陽神帰り給て、日向ヒムカの小戸ヲドの河カハ檍アハギが原といふ所にて
みそぎし給。この時あまたの神化生ケシャウしたまへり。日月ヒツキ神もこゝに生給と云説あ
り。伊弉諾尊神功カムコトすでにをはりければ、天上にのぼり、天祖に報命カヘリゴト申て、即
スナハチ天にとゞまり給けりとぞ。或説に伊弉諾・伊弉冉は梵語ボンゴなり、伊舎那天イシャナテン・
伊舎那后イシャナクウなりといふ。
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