1402 範例祝詞[宣命]
参考:堀書店発行「祝詞範例全書」
[孝謙天皇御位に即きたまふ時の宣命] (『続日本紀』巻第十七、聖武天皇)
天平勝宝元年(七四九)秋七月甲午キノエウマ(二日)、皇太子、禅ユヅリを受けて大極
殿に即位したまふ。詔ミコトノリして曰ノタマはく、
現神止アキツカミト 御宇アメノシタシロシメス倭根子ヤマトネコ天皇可スメラガ御命良麻止オホミコトラマト宣御命乎
ノリタマフオホミコトヲ 衆聞食宣モロモロキコシメサヘトノリタマフ
高天原タカマノハラニ神積坐カムヅマリマス皇親スメラガムツ神魯伎神魯美命以カムロギカムロミノミコトモチテ 吾孫乃
命乃アガミマノミコトノ将知シラサム食国天下止ヲスクニアメノシタト 言依奉乃随コトヨサシマツリノマニマニ 遠皇祖トホ
スメロギノ御世始而ミヨヲハジメテ 天皇御世御世スメラガミヨミヨ聞看来キコシメシクル食国ヲスクニ天日嗣アマツヒツギ
高御座乃タカミクラノ業止奈母ワザトナモ 随神カムナガラ所念行佐久止オモホシメサクト勅天皇我ノリタマフスメラガ
御命乎オホミコトヲ 衆聞食勅モロモロキコシメサヘトノリタマフ
平城乃宮爾ナラノミヤニ御宇之アメノシタシロシメシシ天皇乃スメラミコトノ詔之久ノリタマヒシク 掛畏カケマクモカシコキ近江
大津乃宮爾アフミノオホツノミヤニ御宇之天皇乃 不改自カハルマジキ常典等ツネノノリト初賜比ハジメタマヒ定賜部
流サダメタマヘル法随ノリノマニマニ 斯コノ天日嗣高後座乃業者 御命爾坐世オホミコトニマセ 伊夜嗣爾イヤ
ツギニ奈賀御命聞看止ナガミコトキコシメセト 勅夫ノリタマフ御命乎畏自物カシコジモノ受賜理坐天ウケタマハリマシテ
食国天下乎恵賜比治賜布間爾 万機ヨロヅノマツリゴト密久シゲク多久志天オホクシテ 御身ミミ不敢賜
有礼アヘタマハズアレ
随法ノリノマニマニ天日嗣高御座乃業者 朕子ワガミコ王爾オホキミニ授賜止サヅケタマフト勅ノリタマフ天皇後命
乎スメラガオホミコトヲ 親王等ミコタチ王オホキミタチ臣等オミタチ百官人等モモノツカサノヒトタチ 天下乃公民アメノシタノ
オホミタカラ衆聞食宣
又天皇御命良末止スメラガオホミコトラマト勅命乎ノリタマフオホミコトヲ衆聞食宣
掛畏カケマクモカシコキ我皇ワガオホキミ天皇 斯天日嗣高御座乃業乎 受賜弖仕奉止ツカヘマツレト負賜閉
オホセタマヘ 頂爾イタダキニ受賜理ウケタマハリ恐松里カシコマリ 連毛不知ススムモシラニ退毛不知爾シゾクモシラニ
恐美坐久止カシコミマサクト 宣ノリタマフ天皇御命乎 衆聞食勅
故是以カレココヲモテ 御命坐オホミコトニマセ勅久ノリタマハク 朕者アハ拙劣雖在ツタナクヲジナクアレドモ 親王等乎
始而 王等臣等諸 天皇朝廷スメラガミカドノ立賜部留タテタマヘル食国乃政乎マツリゴトヲ戴持而イタダキ
モチテ 明浄アカキキヨキ心以ココロヲモチテ 誤落言無アヤマチオトスコトナク助仕奉爾タスケツカヘマツルニ依弖之ヨリテシ 天
下者平久安久タヒラケクヤスラケク治賜比恵賜布閉支物爾メグミタマフベキモノニ有止奈母アリトナモ 神随所念
坐久止オモホシマサクト勅天皇御命乎 衆聞食宣
[孝謙天皇御位を禅ユヅりたまふ時の宣命] (『続日本紀』巻第二十一、淳仁天皇)
天平宝字二年(七五八)八月庚子カノエネ朔ツイタチ、高野天皇(孝謙天皇)、位を皇太
子ミツギノミコト(大炊王オホヒノオホキミ)に禅りたまふ。詔ミコトノリして曰ノタマはく、
現神御宇天皇詔旨良麻止宣勅乎 親王諸王諸臣百官人等衆聞食宣
高天原神積坐皇親神魯棄神魯美命カムロミノミコトノ 吾孫知アガミマノシラサム食国天下止 事依奉乃任
爾マニマニ 遠皇祖御世始弖 天皇御世御世聞看来天日嗣高御座乃業止奈母 随神所念行久
止宣天皇勅 衆聞食宣
加久聞看来天日嗣高御座乃業波 天坐神地坐祇乃 相宇豆奈比奉 相扶奉事爾依弖之
此座コノクライニハ平安タヒラケクヤスラケク御坐弖 天下者所知物爾在良自止奈母アルラシトナモ 随神所念行
須
然サテ皇止スメラ坐弖 天下政乎聞看事者 労岐重棄事爾イトホシキイカシキコトニ在家利アリケリ
年長久トシナガク日多久ヒマネク此座坐波コノクライニマセバ 荷重ニオモク力弱之弖チカラヨワクシテ 不堪負荷モチ
アヘタマハズ
加以シカノミニアラズ 掛畏カケマクモカシコキ朕婆婆アガハハ皇太后オホミオヤノ朝爾母ミカドニモ 人子之理爾ヒトノコ
ノコトワリニ 不得定省エツカヘマツラネバ 朕情母アガココロモ日夜不安ヨルヒルヤスカラズ
是以此位避弖サリテ 間乃イトマノ人爾在弖之 如理コトワリノゴト婆婆爾波ハハニハ仕奉倍自止ツカヘマツル
ベシト所念行弖奈母 日嗣止定賜幣流皇太子爾ミコニ授賜久止宣天皇御命 衆聞食宣
[淳仁天皇御位に即きたまふ時の宣命] (『続日本紀』同)
同じ時、皇太子禅ユヅリを受け、天皇の位に大極殿に即きたまふ。詔して曰はく、
明神アキツミカミト大八洲所知天皇詔旨良麻止宣勅、親王諸王諸臣百官人等天下公民衆聞食宣
掛畏現神坐アキツミカミトマス倭根子天皇我皇ワガオホキミ 此天日嗣高御座之業乎 拙劣朕爾被賜弖
タマハリテ 仕奉止ツカヘマツレト仰賜比授賜閉波 頂爾イタダキニ受賜利恐美 受賜利懼ヲヂ 進母不知
爾退母不知爾 恐美坐久止マサクト宣天皇勅 衆聞食宣
然サテ皇坐弖スメラトマシテ 天下治賜君者キミハ 賢人乃カシコキヒトノ能臣乎ヨキオミヲ得弖之エテシ 天下乎婆
平久安久治物爾ヲサムルモノニ在良之止奈母聞行須キコシメス
故是以カレココヲモテ 大命坐宣久オホミコトニマセノリタマハク 朕アハ雖拙弱ツタナクヲヂナクアレドモ 親王始弖 王
臣等乃相穴奈比奉利アヒアナナヒマツリ相扶奉牟事依弖之 此之コノ仰賜比授賜夫食国天下之政者
平久安久仕奉倍之止奈母所念行須
是以無諂欺之心ヘツラヒアザムクココロナク 以忠赤之誠マメニアカキマコトヲモチテ 食国天下之政者ヲスクニアメノシタノ
マツリゴトヲバ 衆助モロモロタスケ仕奉止ツカヘマツレト宣天皇勅 衆聞食宣
辞別弖宣久 仕奉人等中爾 自何シガ仕奉状随弖ツカヘマツルサマニシタガヒテ 一二人等ヒトリフタリノヒト
ドモ 冠位カガフリクライ上賜比治賜夫 百官職事已上ツカサツカサノシキジヨリカミツカタ 及オヨビ大神宮乎始
弖 諸社ヤシロヤシロノ禰宜祝爾ネギハフリニ大御物賜夫 僧綱ハフシノツカサヲ始弖 諸寺テラデラノ師位シノクライ
ノ僧尼等爾ハフシアマタチニ物布施賜夫モノホドコシタマフ
又百官司乃人等 諸国兵士クニグニノイクサビト 鎮兵オサヘノイクサ 伝駅戸等ウマヤベドモ 今年コトシノ田
租タチカラ免賜久止ユルシタマハクト宣天皇勅 衆聞食宣
[元号を天平神護と改めて賜へる宣命] (『続日本紀』巻第廿六、称徳天皇)
天平神護元年(七六五)春正月己亥ツチノトイ、元を天平神護と改む。詔して曰はく、
天皇何スメラガ大御命良麻止勅大御命乎 衆聞食止勅
仕奉人等中爾 其仕奉随状ソノツカヘマツルサマノマニマニ 治給人毛在ヲサメタマフヒトモアリ 又御軍爾ミイクサニ仕
奉礼留爾依弖治給人毛在
然サテ此度コノタビ賜位冠方タマフクライカガフリハ 常与利方異仁在ツネヨリハケニアリ 可久賜故方カクタマフユエハ
平伎時仁タヒラケキトキニ奉侍己止方ツカヘマツルコトハ 誰人可タレシノヒトカ不奉侍在牟ツカヘマツラズアラム 如此久
カク宇治方夜伎時仁ウヂハヤキトキニ 身命乎不惜之天イノチヲヲシマズシテ 貞久明久浄タダシクアカクキヨキ心乎
以天 朝廷乎護奉侍流人等乎己曽方ヒトドモヲコソハ 治賜比哀賜倍伎アハレミタマフベキ物爾在止奈毛
念オモホス
故是以 今由久前仁毛イマユクサキニモ緩怠事無之天タユミオコタルコトナクシテ 諸能劣家牟モロモロノヲヂナケム人
等乎毛教伊佐奈比進ヲシヘイザナヒススメ 常与利毛益須益須勤結理ツトメシマリ奉侍止之天奈母ツカヘマツレ
トシテナモ 冠位上給治給久止宣御命乎 諸聞食止宣
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